2009/8/14

フォルクスワーゲンの勝利その1  車の運転で感じたこと

フォルクスワーゲン社とポルシェ社との暗闘に決着がついたようだ。
ポルシェもまたほかの会社に飲み込まれてしまう。
純粋なスポーツカーメーカーは、極めて小規模な会社以外はなくなってしまったようなものだろう。エンジンまで作っている会社はもうないのではないか?

今回の騒動で個人的にはいろいろ分かったヨーロッパの車作りに関する事がある。中心人物はやはりピエヒ氏なのだろう。

フェルディナント・ピエヒ氏はポルシェの創業者フェルディナントポルシェ氏の娘婿でヨーロッパソースの車雑誌などをみるとたびたび名前をみることができていたので車に興味のある一部の人は多分知っているのだろうと思うが、日本人一般的には知られていないのかと思う。

これまで散見したなかでも数々の権力闘争を繰り広げてきており、今回の件でも分かるように、それを勝ち抜いてきた人だということだ。

念のため書いておくとポルシェ氏はヒトラーがドイツ国民が車の利益を享受するために作ったメーカーのフォルクスワーゲンのビートルを作った人であり、メルセデスというブランドが今のような世界的名声を持つに至ったきっかけを作った人である。ここらへんはよく知られたことだと思うが、現在のようにその資産を継承して、世界でも有数の資産家一族にしたのはピエヒ氏の力だといっていいのだろう。

いろいろ考え連ねるに、ポルシェ氏もピエヒ氏もオーストリア人であることは興味深い。ちなみにヒトラーもオーストリア人。
しかしながらドイツという民族の本流はあのあたりだといってもいいのではないだろうか。
ヨーロッパの王室の本流は少し前までハプスブルク家であり、その王家の国がハンガリー・オーストリア帝国で周辺の国は皆、この国の領土だった。
私は行ったことがないが、ブダペストやウィーンというのは大変壮麗な街らしい。どなたか知っている人がいれば教えてもらいたいものだ。
神聖ローマ帝国という連邦国家の経緯からすれば、ドイツの中心=ハプスブルク家のオーストリアで、有力な勢力であったプロイセンのドイツが今のドイツの領域にかかるということだろう。
結局、この連邦で有力勢力が並立し、王権が強かったことがイタリアとともにヨーロッパの後進勢力になり、王家への融資を元に国際金融勢力にのしあがるロスチャイルド家(現在FRB つまりアメリカ連邦準備制度理事会=アメリカ合衆国の中央銀行 のオーナー、金兌換を止めた事によって、いくらでも通貨を印刷することができる、すごい一家)がのっとったイギリスの陰謀で、日本、イタリアもろとも粉砕された歴史に連なってくる。

アメリカの車が破綻した今、世界の有力な車メーカーはその粉砕された日本とドイツにあり、あとはイタリア、フランスでちょこっと、日本にくっついてきた韓国にちょこっとというのは面白いものだ。

イギリスの支配層が暗躍して、アメリカを舞台に全世界を巻き込んできちんと物を作る国から金を巻き上げた壮大な金融詐欺が調子に乗っていた勢いで
ポルシェの経営陣はピエヒ氏に真っ向勝負を挑み、フォルクスワーゲンを買収するという一見??????な行為にでたが、これはなんと一時は成功しかけたのである。
何でそんなことが出来るのか、という当時解説を思い起こすと、なるほどなあ、実はそんなふうになってるんだ!!ととても面白いのだが、結局はピエヒ氏が巻き返しに成功したようで、それはそれで当たり前に思えるが、
この辺をある程度理解することは、日本のマスゴミのいんちきに騙されない素養を見につけるために役に立つことだ。
何回かに分けて記事を完成させたい。










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