2008/8/31

8月の活動報告  月別 活動 スケジュール

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2008/8/27

国際・文化・観光振興対策特別委員会(質問)  活動報告

27日、国際・文化・観光・振興策について下記のような質問をしました。

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今月7日から11日まで国際アニメーションフェスティバルが広島で開催され、私は初めて開会式から閉会式まで参加しました。 
1985年から2年に一度開かれているイベントで、山村浩二監督の「カフカ 田舎医者 」がグランプリを受賞しました。 私は、アニメーションにはあまり詳しくありませんが、初日に上映された参加作品の中で群を抜いた出来ばえで、大変、感動しました。

フランスの作家カフカによる田舎医者の厳しい現実を描いた文学作品を下敷きに映像化したもので、声優を狂言役者が演じるなど、アニメーション・文学・狂言のコラボレーションが素晴しく、本当に芸術性が高い作品でした。 山村監督作品は、海外のアニメーションフェスティバルで数々、受賞されていると伺い、本物は国境を越えるのだと思いました。 この国際フェスティバルに各国から出品されていた上映作品の最後に、外国政府や文化庁など行政の支援が表示され、諸外国では、文化予算でクリエイターの才能の発掘が行われ、アニメーションが制作されていることを知りました。

27日も午後から中国経済産業局主催で(まんが、映画、音楽等)のコンテンツ・ビジネスに関する知的財産シンポジウムが開催されますが、県としても地域活性化にアニメーションなどの知的財産を活用すべき時期にきていると思います。 

日本の現代美術家、ポップ・アーティスト村上 隆氏のフィギュア「マイ・ロンサム・カウボーイ」が今年、5月14日ニューヨークで約16億円で落札され、更にスイス・バーゼル・アートフェアにおいてもオーバル・ブッタが約8.5億円にて購入されたとのことです。
村上氏は、ブランド品のルイ・ヴィトンとコラボレートした商品を発表するなど、世界的にも影響力が大きいとのことです。
日本アニメポップ的な作風の裏には日本画の浮世絵などの構成に影響されている部分も強く、日本画のフラット感、オタクの文脈とのリンクなど現代文化が海外でも高く評価されています。

日本の知的財産が、クール・ジャパン、カッコいい日本を代表する現代文化として注目されています。 村上氏の創作するようなフィギュアがあれば、広島県の美術館もが人集まり、地域が活性化すると私は思います。

過去、広島県立美術館のルノアール展では、約12万人の集客で収支がトントンだったそうですが、中国地方に美術館が70館あり入館者は、広島に来る観光客から算定すると1回、約7万人集客すればよいという発想では、広島の文化芸術は振興しないと私は思います。

本日、資料でご説明頂いた優れた文化・芸術に親しむ環境づくりは、青少年の育成にとって非常に大切なことだと私は思います。 学校連携事業や体験教室など素晴しい取組みだと思いますが、予算がなければ、県下の各地で子ども達を対象に継続的に事業を行うことは難しいと思います。

文化芸術振興をするためにも、集客力が高く、情報発信ができ、交流が広がる事業を継続的に行っていく必要があると私は思います。
国際アニメーションフェスティバルを広島市が始めていますので、県はアニメーションと他の芸術との協働、コラボレーションを高めるイベントを企画してはどうでしょうか?

例えば、県立美術館の集客力を高めるために、プロ・アマチュアから芸術性の高いフィギュアを出展してもらうフェスティバルを行い、その表彰をし、さらに人気フィギュアの版権を広島の地元企業とタイアップして売り出すことなどが考えられます。

鳥取県、境港市の水木しげるロードに行きましたが、妖怪というフィギュアでまち興しを行い、年間観光客数が100万人を突破しているそうです。
「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメのフィギュアが通りに飾ってあるだけですが、それが子ども達から大人まで幅広く人気を集めています。

本県で国際フィギュア・フェスティバルを企画し、将来はフィギュア・ロードが広島にできるぐらいの構想力があってもよいのではないでしょうか?

数年前、本県ではエルミタージュ美術館の誘致が論議されておりましたが、今さら外国の美術品を持ってきて西洋文明に追いつく時代ではありません。 21世紀、わが国が誇れるポップ・アート、現代美術の振興に力を入れ、本県から第二・第三の村上隆氏のような作家が育ち、広島がアートのまちとしても国際的に認識されるような施策を検討すべきだと考えます。

県立美術館でもポップ・アートやおたく系フィギュアで集客をはかれば、年間100万人の入館数も夢ではないと私は思います。

21世紀のキーワードとして多文化主義、ダイバーシティ、多様性がありますが、美術館もただ絵画を展示するのではなく、絵画をフィギュアにしたらどうなるか、アニメーションにしたらどうなるか、 さらにその絵を見て音楽を創作したらどうなるか、絵に触発され詩や小説など文学を創ったらどうなるか? 美術を基点にコラボレーションを推進していくコンクール、フェスティバルがあってもいいのではないでしょうか?

また、アニメーション音楽の国際的な祭典があってもいいと思います。 海外で親しまれているアニメのテーマソングをそれぞれ各国風にアレンジしてもらい、素晴しい作品を評価するコンテストなどがあれば県内外、国外からも広島に人は集まってくると思います。

アニメの歌をクラッシック、ジャズ、ロック、シャンソン、レゲエ、民族音楽風にアレンジしたり、漫画のテーマソングの創作をするコンテストを商工会議所や県内企業と共同で企画し、クール・ジャパンのコンテンツ構想が県民にも理解できるイベントを行ってはどうでしょうか?

美術館は、絵だけを展示して単に客に見せるのではなく、創造の場として才能を育てる場にしていくべきではないでしょうか?

例えば、パリのルーブル美術館などは、美大生や絵描きの卵達が無料で入場し、模写をしたりしています。 東京都では、国立近代美術館で小中学生・65歳以上の高齢者の方が無料で入場できます。
広島の縮景園でも65歳以上は無料で入場できます。

私は高齢者よりも次世代を担う子ども達の豊かな心を育むことこそ、今、求められていると思います。 格差社会といわれていますが、どんな家庭に生まれ育っても本物の芸術品に触れる機会が小・中学生・高校生に与えられるよう考えるべきだと思います。 
私はイタリアの教会にミケランジェロやダビンチなど一流の芸術作品が飾ってあり、誰でも文化財を無料で鑑賞できるのは素晴しいと感心しました。 テレビやインターネット、ゲーム、マスメディアなど暴力的な映像、表現で子ども達の心が病んできていることは言うまでもなく、様々な社会問題を引き起こしています。

子ども達が本物の芸術に触発されるキッカケとして、フィギュアやアニメーションを次世代の育成に用い、国際・文化・観光振興対策に取り組むべきではないかと考えますが、本県としてクール・エイト広島で国際イベントを企画する予定はおありでしょうか?

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執行部答弁は、当面は国際的なイベントは何も考えていないとの予想通りの答えでした.

子どもが飛びつきやすい企画を考え、情操教育を仕掛けていくべきだと私は考えます。
 アニメが目当てで美術館へ行き、そこで感受性の豊かな子ども達が刺激を受け、創造性を育むような取り組みがあってもいいと思います。

広島県にアート・フュギュア作家が誕生すれば、まち興しにもなります。
商工労働部と連携し、広島の企業が元気になるようなフュギュアのキャラクターが創出されれば、経済的な波及効果も大きいと思います。

前例踏襲・従来通りの企画をただ行うだけでなく、アニメーション作家・監督などのクリエーターを国際イベントのプロデューサーに起用し、行政とは別な視点で企画を検討することを委員会で要望しました。

広島県の国際・文化・観光振興にもっと『本気』で取り組んでいく議論の方向性の一端になればと考え、言いたいことを思い切り言わせて頂きました。 通り一遍の資料説明に終始する形式的な委員会のあり方にも私は疑問を感じています。
 
総務局長が言われたように、もっと、委員会で自由な発想の下に政策論議ができればと私も思います。


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2008/8/21

ワーク・ライフ・バランス王子を探して…  蝶々の随想記

本屋でたまたま手に取り、パラパラめくった本の一部に目を奪われ衝動買いしました。

なんとあのアメリカのライス国務長官(ブッシュ政権、初の黒人女性)は、ワシントンではエビちゃん(人気モデル)級の超モテ・キャリア女性なのだそうです。 彼氏は元アメフト選手と公言し…(野球のイチローかサッカーの中田元選手クラスを想像)
ここまで読んで、思わず微笑がこぼれ、私は勇気百倍!『元気』が出てきました。

続いてこの本でワークライフバランス(以下WLB)王子として経産省の山田氏のことが書いてあるではありませんか!
(参考:5月13日のブログhttp://orange.ap.teacup.com/applet/yukikokajikawa/20080513/archive

生まれながらのWLB王子は35歳以下に多いと書いてありますが、同感です。
私は同い年以上の人達とは人生の価値観、座標軸が違い過ぎると感じることはよくあります。
俗に言う「良い人かもしれないけど、苦手」と感じるのです。
私と同世代以上でWLBキングがいたら、天然記念物級です。 未だ、そういう方とお目にかかったことはありません。

私は自分にとって譲れない価値判断のポイントは何だろうか?と考えた時、振るいにかけるモノサシが禁煙なのです。 昔からどんなに3K(高学歴、高収入、高身長)であってもヘビー・スモーカーはパスです。男社会の政界の喫煙率は、実感として、一般社会より高いです。
私は経験的にWLBと禁煙は比例していると感じています。

政界では「男らしい女」が求められています。
「化粧をするな」などと言われると、カチン!ときます。 
女性に化粧をするなとは「裸で歩け」と同義語なのです。
女性蔑視も甚だしい政治センスにはウンザリです。
喫煙は明らかに健康被害をもたらしますが、化粧で健康被害を受ける人はいません。
ダイバーシティ(多様性)の時代と言われながら、女性性を認めない社会でWLBが実現できるでしょうか?

様々な会合でいろいろな方とお会いしますが、初対面で名札をつけていたにもかかわらず、「おネエさん」と言われたのにはムッとしました。
その方を私が「オジサン」と呼びかけたらどんな気分になるでしょうか?仕事をしている時の言葉遣いで陰口として「困ったおネエさん(オジサン)」という風に使います。ビジネス社会では、おネエさん(オジサン)は敬称ではありません。
初対面でこのような言葉遣いをする人はWLBが取れてない人だと私は感じてます。
また、ある時、「あなたは議員になる前は受付嬢をしていたの?」といきなり言われたのには驚きました。
男性議員の方には、「議員になる前はベル・ボーイだったの?」とは尋ねたりしないでしょう。
議員という職業への偏見なのか?
女性蔑視の言葉なのか?自分の優位性を誇示するために発した言葉なのか分かりませんが、非WLB世代のオジサマという認識を致しました。

このように私は「オジサマ」という言葉を使います。
女性議員の方で自分のことを親しみを込めて「おばちゃん」と言いながら、子ども達にお話しをされる方もいます。
ただ、子ども達から「おねえさん」と呼ばれると私は子どもは正直だと思わず微笑んでしまいます。(^-^)v

議員という立場を離れて活動する時、「ゆきこ」さんと呼ばれるのが一番、心地よいです。
外資系企業では、ファースト・ネーム、yukikoからyuがとれkikoと呼ばれていました。(紀子さまみたいで、くすぐったい気分でしたが…)
仕事や生活シーンでyukikoとお互い気楽に呼び合えるようになったらWLBがとれた国になるのだろうと思います。

当面、WLB姫の代表、美脚なライス国務長官みたいにスリムな体型めざし、脱メタボに取り組まなくては…と思ってます。


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*注:
ちなみにライス国務長官の報酬は18万6千ドル(約2027万円;$109円換算)だそうです。
日本の国会議員の歳費(平均2300万円)より少いのです…。
もちろん日本の国会議員(例えば〇〇チルドレン)はライス国務長官以上に素晴らしい仕事をしていれば問題ないのですが。
衆議院議員選挙で私達国民が正しい判断をするしかありません。

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参考:「キャリモテ」の時代 白河桃子 著
日本経済新聞社

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2008/8/17

財政分析の勉強会に参加  活動報告

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16・17日と米子市で行われた財政基礎講座「よくわかる市町村財政分析」に参加しました。 講師は大和田一紘氏(都留文科大学講師)でした。

参考文献:習うより慣れろの市町村財政分析―基礎からステップアップまで
大和田 一紘 (著)

受講者の1/3が地方議員、1/3が行政職員、1/3が市民(学生含む)でした。

実際に広島市の決算カードを使い、電卓で財政分析を試みる演習があり、自分で計算してみると非常に興味深く、様々な疑問・課題が浮かんできました。

参加者それぞれが自分の自治体の分析をしました。 ほとんどの方は米子市や鳥取県内の自治体の財政分析をされました。 この勉強会で一番、驚いたのは、現実に普通の市民(ママさん達)が自分のまちの財政分析をし、「財政白書」を書き、出版していることでした。

東京都国立市と高知県安芸市の「財政白書」を購入しましたが、大変わかりやすく、また、詳細に分析されており、私も議員としての視点で分析をしなくては!と多いに刺激を受けました。

札幌市、町田市、武蔵野市など全国の地方自治体で我がまちの財政は一体、どうなっているのか、市民が自発的に自分の関心のあるテーマ(まちづくり、国民健康保険など)の税の使われ方をチェックしているのは、素晴らしい取組だと思いました。

かつて日本国民は、税の使われ方に無関心だと言われてきましたが、夕張市の財政破綻後は、市民が主体的に財政のチェックをする時代になった事実を知りました。
議会も予算・決算委員会を常任委員会とし、県民の付託に応えるよう、充実した仕事をさらにしていかなくてはならない時期にきていると思います。

現在、広島県議会も予算・決算委員会のあり方に関し、検討が行われています。 今までは一年に一度、普通会計決算特別委員会は委員が15人・企業会計決算特別委員会の委員は15人・予算特別委員会の委員は17人が質疑を行っていました。

今後は全議員が参加し、財政健全化に向け、通年で十二分な質疑が行われるよう改革されることを私は切望しています。 企業などでは、毎月、収支報告書を作成し、決算を行っているのですから、自治体が毎月、決算委員会を開くのは時代の趨勢だと私は考えます。

議会としても、各会派が「長期健全化計画」のような県の将来ビジョンを示し、広島県の未来像を県民に提案する時期がきていると私は思います。

本日、講師の大和田氏も言っておられましたが、夕張市のようになってから財政健全化に着手するのではなく、財政破綻しないよう我がまちの将来像をハッキリ描き、税を何に使っていくのか、しっかりとオープンな議論をして行かなくてはならないと思います。

例えば、「地産地消」、食の安全が私達の日々の暮らしにとって重要な政治課題となっています。 県の農林水産費(平成18年度)は、約497億円(5.3%)と土木費1551億円(16.4%)の3分の1以下です。 (下記データ参照)
 
平成18年度 広島県 決算カード (総務省)
http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei/pdf/1018-15-1_6.pdf

私達の食を守るため、地域で作られた農産品を安心して食べて暮らしていけるように本当に税金が使われているのでしょうか? 従来通り、農地開発・農道整備に税金が使われていては、広島県の食料自給率24%が上向くことはありません。

地域のママさん達が食を考えながら、「財政白書」を作るという動きは、硬直化した現在の行政のあり方に一石を投じると思います。

広島でも遅かれ早かれ、市民による「財政白書」が作られるようになるでしょう。
議会も会派ごとに「財政分析」をしっかり行い、県の執行部に対案が提示できるぐらいの白書を作らなければならないと感じました。

総務省が全国の自治体の決算カードをインターネットで公開し、誰でも財政状況にアクセスすることができるようになったのは画期的なことです。

7月より総務委員会に私は所属しており、県民の目線で県の財政状況に関して、率直な疑問を尋ねて行きたいと思います。

参考: 広島県の財政状況 平成19年度
http://www.chihousai.or.jp/08/ir_pdf/19hirosima.pdf
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2008/8/14

被爆者手帳訴訟 広島県が控訴 ⇒ 県の裁量権を国から勝ち取るべき!  蝶々の随想記

来日しないことを理由に、ブラジル在住の日本人被爆者2人(いずれも故人)の被爆者健康手帳交付申請を却下したことは県知事の裁量権の乱用で違法ととした広島地裁判決に対して、当時の被爆者援護法には手帳申請の際に来日を求める「来日要件」が明記されており、同法に則って行った処分だとして、広島県は広島高裁に控訴しました。 

参照サイト:http://sankei.jp.msn.com/region/chugoku/hiroshima/080814/hrs0808140251000-n1.htm

このニュースをテレビの記者会見で見て、なんとも言えない後味の悪い思いがしました。

確かに県は、法律上定められた事務を行いましたが、それは、県民が納得できる血の通った温かい対応だったのでしょうか?

広島県は市町に権限移譲を6割以上推進していますが、国からの権限移譲はほとんど何も勝ち取っていません。

厚生労働省管轄の被爆者手帳交付事務など広島県や長崎県など特区として裁量を与えて、県知事の権限で解決できるようにするべきだと私は考えます。 広島県が控訴する相手は、厚生労働省ではないかと私は思います。 地方主権を裁判で勝ち取っていく先例を是非、作ってほしいと私は思います。  国の役人、厚生労働省の言いなりの福祉保健部の幹部職員の記者会見を見ていて、私は本当に情けなくなりました。

厚生労働省には、睨まれたくない地方自治体職員が前面に出て控訴の記者会見をするのではなく、知事ご自身が地方主権の立場に立って発言をし、県民に語りかけるべきときだと私は感じます。  県知事の権限の拡大を求めて、厚生労働省を動かし特例を認めさせるとか、裁判で知事の裁量権拡大を訴えるのなら理解できますが、今の広島県の硬直した行政のあり方、県民から眉をひそめられるような面子を守るような対応(控訴)しかできないのでしょうか?

今回、裁判所が県の被爆者手帳申請の却下を不当としたことは県民は当たり前だと思っています。
これを受け、首長自らが、県民の意思をくみ取り、県で被爆者健康手帳交付の権限を国から奪いとるべきだと思います。  
このまま、ただ黙って受身で待っているだけで、国から県への権限移譲は何も進まないと私は思います。

厚生労働省のほとんどの事務、業務は地方に権限移譲すべきです。 年金問題、医療問題、労働問題、子育て支援、高齢者対策など地域に根ざした問題は地方主権で解決していくべきです。 国から権限と財源を地方が取り戻す突破口としてこの被爆者問題からまず、県で対応できるようにしていくべきだと思います。

被爆者手帳訴訟、 県が控訴というニュースを聞いた県民は、「一体、行政は何をやっとるんか! ええ加減にせい」と呆れ顔です。
公務員バッシングがマスコミを賑わしているのは、国民感情を無視した硬直した行政のあり方に人々は失望しているからです。
公務員は決められた事をやるだけ、ならば、首長や議員が県民の立場に立って動くべきだと私は思います。

県の職員からすれば、法律で決められた事務通りにやるのは当然ですが、行政が定めた法律が完璧であるはずはありません。
法の穴は、どこの国のどんな法律でも探そうと思えばあります。 いかに県民が幸せに暮らしていけるのか?それを考えないで杓子定規に法を解釈することが地方自治体の役割なのでしょうか?

広島県が、法定外の申請も受理できる裁量権を求めて国を動かしてこそ、県民は政治を信頼するのではないでしょうか?

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*植松恵美子参議院議員と

8月9日の午後、民主リーダーズ・スクールがあり、植松恵美子参議院議員の講演を初めて、拝聴しました。
なぜ、議員を志したのか?熱い思いを聴き、私も「政治の場において、おかしなことはおかしい!」と大声で言える感性を持ち続け、県民の目線に立った議員活動をして行きたいと改めて思いました。

「被爆者手帳訴訟 広島県が控訴」などという地方主権の時計の針を後戻りさせるようなことが起きている現実を一議員として変えていくには、やはり「政権交代」しかないのかなと強く感じています。

今日の午後6時前、民主党カーで第3区総支部長の橋本博明さんhttp://jyohou.net/hashimoto/が、緑井付近を叫びながら走っているのを見ました。
私ができることは、橋本さんを国政に送り出し、「地方主権」の実現に努めていくことだとつくづく考えました。
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2008/8/10

国信玉三 先生伝「わが命」について  蝶々の随想記

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国信玉三 先生伝「わが命」の記念パーティがありました。(下記:中国新聞サイト参照)
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200807110093.html

「わが命」は比治山学園の梶山時彦元校長先生が編纂され、ご来賓の方々や学園関係者、卒業生が約200人集まりました。 

私は、まず、この本の裏表紙にある国信玉三先生の略歴を拝見し、大変、驚きました。 
なぜなら、国信先生は、安佐郡緑井村に沖本玉三としてお生まれになり、27歳のときご結婚により、国信に改姓されたと知ったからです。 ちなみに私は現在、安佐南区緑井に住んでおり、比治山女子高校時代は、旧姓の沖本を名乗っていました。 

国信先生と同じ沖本という名前で「わが命」をこの世に与えられたこと、今、緑井に住んで、そこで県議会議員をさせて頂いていること、すべてが目に見えないお導きによるものではないかと私は感じています。 

「わが命」には、8月6日原爆が落とされた日のヒロシマの様子、比治山の女子生徒達の行動が詳細に書かれています。 

私の祖父、沖本政治も原爆で8月6日に亡くなりました。
祖父の名前は、政治家の「政治」と書きます。 祖父は生前、市議を志しましたが、祖母に大反対され、立候補を諦めたほど政治好きだったと私が県議会議員に当選してから、母に聞かされました。 私の命には、政治好きだった祖父の血が流れており、議員になってから祖父に見守られながら、働いているように感じる時があります

祖母は、原爆のことを私には一言も話してくれませんでした。 幼い頃、何度か、尋ねたことがありますが、その度、眼に涙をいっぱい浮かべ、すすり泣いてしまうので、その体験を何も聞くことはできませんでした。

「わが命」は、ヒロシマの惨状を第一報として外部に伝えた岡ヨシエさんの話、お亡くなりにならえた比治山の女子生徒たち一人一人の記録を読み、初めて知る8月6日のヒロシマも書かれています。 私の父は、広島駅で働いていたとき被爆し、腕に火傷のケロイドの跡があります。 叔母は広島女学院の女子高生だった17歳で被爆し、亡くなりました。  
10日、お集まりの同窓生の皆様の中にも私のような被爆2世、親族を原爆で失った方も多くおられたことと思います。

この本、「わが命」の51ページには、「母から命を与えられ、守られ、生かされ、生きていることへの思いとなり、母こそ慈悲の姿を子に伝えて導くものとして強く浄化されていたのだろう。 母となって命を生み育てる人の知恵の大切さをお母様によって気づかされ、女子教育の重要さへの関心は増していたのである。」とあります。 

私が県議会議員をさせて頂いているのも、原爆で奇跡的に助かった父がいてこそ「わが命」が存在し、「親心に応えて精進する」という国信先生の教えをしっかりと胸に刻み、広島のために活動して行こうと思っています。

「わが命」を生かされ、さらに自ら生かしたときに誰からともなく支えられている自分が見えてくると国信先生は言われております。 

常に私は、自分が議員として広島のために何ができるのか?次世代のために何が残せるのか?自問し、原爆が三度使われることにないよう核廃絶に向けてできることは何でもやるのが、「わが命」の証しになるだろうと感じています。

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*梶山時彦先生と

私は高校1年生のとき、梶山先生に英語を教えて頂きました。 高校2年3年は平成15年にお亡くなりになられました中山先生が担任で英語を習いました。 お二人の先生に英語を指導して頂いて、私は英語が大好きなりました。

卒業後は英語科にどうしても進学したかったので、当時の比治山生としては珍しく、県外それも東京で進学することにしました。 進路指導のときも先生に「親心」を熱心に説かれたことをよく、覚えています。
上智で英語を学び、外資系企業でマーケティングを専門とし、経営幹部になることができましたのも、まさに比治山で国信先生の薫陶を受けたお蔭だと感謝をしています。

「自分を生かされ、さらに自ら生かしたときに誰からともなく支えられている自分が見えてくる」まさに私の半世紀になる人生はその通りでした。 

原爆で夫を失った祖母は、女手ひとつで商売をしながら、戦後を生き抜いてきました。
そんな祖母を見て、私も職業を持ち、いつ何があっても自立して食べて行けるようにならなくてはならないと感じました。 

多感な少女時代、比治山女子高校では私は毎日、バトン・トワーリングの練習に明け暮れていました。 バトンの先生も比治山で体育を教えていた横山弘子先生でした。 横山先生は、口癖のように「自分に誇りを持って生きなさい。」とよく言われていました。 背筋をピンと伸ばし、姿勢よく歩くことを徹底的に叩きこまれました。
 
梶山先生から英語を学び、比治山で人としての生き方を学んだことは、卒業後の私の人生に大変、大きな影響があったと思います。 私は比治山で、人間としての生き方をしっかりと学ばせて頂いたことに心から感謝をしています。

「決しておごらず、名利に走らず、ソロバンを弾かない生き方の中にあって、初めて怖いものがないのである」とご著書の中に書かれております。

今、議員として公平・公正に仕事をしていれば、政治の世界に身をおいても何も怖いものはないと私は思います。 
比治山の五訓、「正直・勤勉・清潔・和合・感謝」を生き方の座標軸にしていれば、日本だけではなく、どの国のどの地域で暮らしていても立派に生活できると私は思います。

梶山先生がご編纂された国信玉三先生の生き様は、いつの時代にあっても普遍的な人間としての愛に溢れた生き方で、それこそ人を育むものだと感動、致しました。
昔に比べると、信念を持って生徒を導くことができる先生が減ってきていると言われます。

「わが命」を読んで比治山学園は、今でいうまさにコミュニティ・スクールで学園の理事や監査など、戦後、保護者や地域の方々が担ってきたという歴史を知りました。
私学教育の理想像を国信先生は時代に先駆けて実践しておられたその行動力・卓越した指導力に改めて深い敬愛の念を禁じ得ません。
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2008/8/7

国際アニメーションフェスティバル  蝶々の随想記

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* 開会式で秋葉市長のご挨拶

第12回国際アニメーションフェスティバルが今日から始まりました。
http://hiroanim.org/ja/03compe/3-04-1d_ja.html

1985年より2年に一度、開催されていますが、私は今回、初めて開会式に出席しました。 想定外!に素敵な!イベントで大変、感銘を受けました。 
映像の素晴らしさ、クリエイターの才能の煌き、表現の巧みさに揺さぶられるような衝撃は、久々の出来事でした。

今日は、国際・文化・観光対策特別委員会に所属しているので招待されたのだろうと思って出かけました。 県議会からは、林議長も来られていました。
午後9時からのウェルカム・パーティに出席していた議員は、安佐南区の田尾市議と私だけでした。 アニメや漫画好きと公言されている有名な政治家もおられますが、私自身、漫画はどうも…というタイプで、正直、どんなんだろう?という程度の認識しかありませんでした。


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* 歓迎パーティにて山村監督と

今夜、コンペティションは始まったばかりなのですが、山村浩二監督の「カフカ田舎医者」には釘づけになりました。 
http://www.shochiku.co.jp/movie/inakaisha/index.html
アニメーションを見て、『眼からウロコ!』の体験をするとは思いもしませんでした。

医師不足で困っている地方の現実を移す鏡のような作品です。 今の日本社会を鋭く表現しており、社会性の非常に高い作品で、是非、議員の皆さんをはじめ、一人でも多くの方に「カフカ田舎医者」を見て、深刻な医師の問題について考えてほしいと思いました。

また、「田舎医者」はカフカの個性が色濃く表れた作品で、人生について深く考えさせられる物語です。
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全体に夢のような非現実的な経過の精確な描写ともいうべきこの物語では二つの領域が相対峙している。
一つは独身の田舎医者がローザと暮らしている場所(現実的生活の場)、そしてもう一つは彼を待ち受けている患者の家(芸術の世界)。
この二つの領域の間には隠れた関連がある。医者は両領域間を移動する。呼び鈴が鳴ったとき、医者は馬車に乗って患者のもとへ出かけるのと引き換えに、残忍な馬丁にローザを引き渡さねばならないのであり、現実的生活を去って芸術の世界に赴くためには女性を置いて行くことを余儀なくされる。

 カフカは早いうちから、婚約者との生活は作家としての自己と相容れないことを自覚していた。 詩人として生きようとするならば、その代償としてローザが具現しているような具体的感覚的な生き方は放棄せねばならないと感じており、詩人・作家としての生は女性との関係を破壊する危険性を孕むものだった。 (下記サイトより引用)
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/dicts/kafka_jiten.html#5
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作家としての芸術的な生活と現実的な生活との折り合いがつけられなかったカフカ。

今風に言うならば、ワーク・ライフ・バランスがとれない不器用な生き方をしたカフカに自分自身の生き方を見ているようでした。

アニメーション・フェスティバルのコンペティションに出品されている作品は、お国柄が本当に良く表れています。 いわゆる『日本のアニメ』と国際フェスティバルのアニメーションは全く別物と考えた方がいいと思います。 漫画なんて…、アニメなんか…という偏見を持った人達の概念を変えるには、やはりDVDなどで作品の一部だけでも紹介した方がいいのではないかと思います。 

会場でプログラムの詳細が掲載されている本を買いましたが、動きがある紹介用のDVDを販売した方が人々の関心をもっと集めると感じました。

日本のアニメーションのレベルは、誇りを持って世界の人々に発信できるほど芸術性が高く、表現も素晴らしく、文化的にも重要な価値があることがもっと多くの人々に伝わればと思います。

『百聞は一見にしかず』です! とにかく、国際アニメーション・フェスティバルの会場に一度、足を運んで頂ければ、驚きの体験をされること間違いナシです。
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