□「天地明察」の「北極出地」
2010年に「吉川英治文学新人賞」「本屋大賞」を受賞した冲方丁の時代
小説「天地明察」。かねて気になっていたのですが、文庫版(角川文庫)が
でたのをきっかけに読んでみました。
江戸時代前期、800年にわたって使用されてきた暦の誤りを見抜き、 「日
本独自の暦」を作り上げた渋川春海(安井算哲)の生涯を描いたこの物語。
江戸時代に生きた人々の教養の深さ、文化的な豊かさを改めて思いました。
なかでも感銘を受けたのが渋川春海が23歳の年に参加した「北極出地」−
日本全国で北極星を観測する測量の旅−の描写。車も電車も電話もなかっ
た時代、しかも幕府の統制があったといえ、諸藩がそれぞれ別の国のよう
だった時代にこの壮挙。そしてこの「北極出地」を率いたのが62歳の建部
昌明と57歳の伊藤重孝。40代での隠居がめずらしくなかったこの時代、現
代の感覚なら「後期高齢者」といえる年で全国を踏破した二人のあふれる
ばかりの情熱がすばらしい。少年のような好奇心をもって夢を語るこんな
年寄りになってみたいものです。
□「碁打ち衆」と「算術」と
渋川春海のてがけた「改暦」という大事業。完成したのは「北極出地」の
年からなんと23年後。生涯をかけた偉業でした。 「天地明察」では長年に
わたって「改暦」に邁進する渋川春海をとりまく人々も魅力的に活写され
ています。
元々、春海は碁をもって徳川家に仕える碁打ち衆の家に生まれ、その才能
も並々ならぬものだったようです。が、同時代には囲碁の革命児、稀代の
天才、本因坊堂策が。決まった手筋、定石を上覧いただく碁打ち衆のあり
方にあきたらず、勝負にこだわり新手を次々に編み出すそのバイタリティ
はスゴイの一言。
そしてもう一人の大天才が算術の関孝和。和算と呼ばれる日本独自の数学
の中興の祖と呼ばれる関は渋川春海と同年で、「遺題」(答えを示さない
数学の問題)をめぐる二人の応酬と友情は「天地明察」の柱になっています。
全く独自に西洋数学の代数や行列にあたる概念を発明した関孝和。
その弟子が「北極出地」の建部昌明の甥だった後日談に思わずニッコリし
てしまいました。
9月には岡田準一主演で映画化される(しかも監督が「おくりびと」の
滝田洋二郎!)ので今から楽しみに待ちたいと思います。
※「おとゲー」2012/8/12号掲載

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