□「スプリンター」の世界
学生時代はずっと体育会系だったので、当時は「足が速い」ことにはあこが
れそれなりのトレーニングもしていました。が、目いっぱいやってもせいぜ
い100m 12秒台。11秒台の俊足になれるのは「天からもらったもの」がないと
ダメだなぁと痛感したものでした。
「本屋大賞」を受賞した佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」はさらにその
上、10秒台、私からすると「神の領域」を目指す「スプリンター」の世界を
描いた陸上青春小説。上、中、下 3巻、900ページ近い大作を圧倒的な臨場
感に引っ張られ。一気に読ませてもらいました。
□「4継」の魅力
陸上に限らずスポーツの世界には、野球のピッチャーが狙い通り三振をとれ
たとき、バスケットボールで残り1秒で逆転のシュートが決まったときのよ
うな強烈な「快感・恍惚」の瞬間があります。「リアリティーのないものを
書くのは絶対にイヤだった」という佐藤さんは、4年にもわたって神奈川県
の高校で取材を実施、その「瞬間」を見事に言葉に定着させています。
特に興味深いのが「4継」(よんけい)と呼ばれる100m×4リレーの描写。
一走からアンカーまで各走者の位置づけ、微妙なバトンのタイミング、他校
との駆け引きなどこんなにも複雑で繊細な競技だったのだと、驚きと感動
そして愉悦を味あわせてくれます。
□素晴らしき「陸部暮らし」
ただひたすら速く、コンマ一秒縮めるための途方もない努力を重なる日々。
競技そのものの魅力と同じくらい楽しいのが主人公である新二の目線で描か
れるそんな高校生の「陸部(陸上部)」ライフ。
オフシーズンのハードなトレーニング、競技会の緊張、ケガや故障との葛藤、
仲間やライバルたち同じトラックを走るものたちとの共感...新二のよう
な天分もないし、トコトンスポーツに打ち込んだわけでもないですが、物語
を読み進めていくと高校の「陸部」に在籍して3年間を過ごしたようなそんな
錯覚を覚えました。そんな熱い「青春」を追体験できました。
楳図かずおの「アゲイン」の主人公のようにもう一度高校生に戻れたら、
「陸部暮らし」も悪くないなぁ、と思えたひとときでした。
※「おとゲー」2007/6/22号掲載

0