当ブログサイトの記事・画像、及び映像コンテンツの著作権は、【創健堂整骨院】【『鳥類』/ Sei SHIBATA】に帰属しています。許可無く当ブログの記事・画像の複製・転用、無断掲載、映像のコピー、上映・配信等の使用行為は禁止しております。私的利用も含め、まずは、◇『鳥類』E-mail/Bardbone@aol.com サイト管理人:柴田 誠 まで、ご連絡ください。Copyright (C)『創建堂整骨院』Sokendo seikotuin &『鳥類』/ Sei SHIBATA .All Rights Reserved

2009/3/9

090308:『鞄゙良義肢』取材2/義足ソケット製作体験  【取材ログ】
2009年3月8日(日):晴れ

この日も、奈良県・郡山、『鞄゙良義肢』へ訪問。
前回の取材でレポートした、
アフガニスタンの患者に送る「リサイクル義足」の《ソケット》製作を、
我々も実際に体験させてもらうことになった。

まずは、リサイクルで分解されたそれぞれのパーツを、
石膏の[陽性モデル]に取り付けることからはじまる。

<動画レポート(予)>

[陽性モデル]に患者の断端部に被せる《インナー》と、
《ソケット》を着脱する機構を取り付けた後、"アクリル樹脂"を流し込む。
クリックすると元のサイズで表示します
アクリルが硬化したら、中身の石膏[陽性モデル]を砕いてゆく。
クリックすると元のサイズで表示します

<動画レポート(予)>
今回は、成型のベースが完成している状態から、
《ソケット》部分だけの製作だったが、
非常に合理的な行程で作業されていることが分かった。

この義足をアフガニスタンの誰かが、"歩く"ために使ってくれる。

−−−−−−−−−−
この日は、瀧谷さんに、昨年までの原本さん・横関さんの治療の様子の映像を見てもらった。
また、「つまづかない様に」との配慮で、義足が(健足に対し)短く作られる事についても訊ねた。

瀧谷さん「義足の下肢長差を常に"短くする"という訳じゃないんです。
     人間は【利き腕の反対側の足に軸足】がある。
     なので、義足が左足なのか右足なのか、
     軸足に対してどっちなのかで、変わってきます。
     我々も、高さは(健足と)同じである方がベターだと思ってます。
     そちらで治療されている方の"2cm"も高い義足を作るなんて、
     本当のことを言えば、(装具士は)"何をしてるんだ"ってことです。
     まして、もう一人の方は高かったと言うんでしょう?」
榊原先生「姿勢の悪い時に義足を作るのと、
     姿勢を正してから作るのとでは違うと思うんです。
     【使い勝手が良い】という判断は、どういう尺度でなされるのか?
     究極の選択を迫られて足を切断することになって、
     義足を着ける段階になったら、
     "足が無い"状態から【使い勝手】が問われることになる。
     それでは、正しい結論は出ない」
瀧谷さん「実際は、(事故・怪我・切断を)経験してる人からしか、わからないですからね。
     いま、切断者が減ってきているので、義足を使う人口も減ってきてる。
     そのなかで、装具士もドクターも経験の少ない状態で判断を迫られるため、
     不具合は増えてくる」
榊原先生「"つまづかない様に"との配慮で、義足が短く作られていて、
     自分では違和感や不具合を感じていても、
     それが"やさしさ"でのこと(下肢長差を作ることが)と言われれば、
     そうだと思ってしまい、正しい意見が言えなくなってしまう」
瀧谷さん「装具士は、患者本人の言ってることをまず信じずに、
     その言葉を自分の判断に、もう一度、解釈し直す必要がある。
     義足を履くのが上手な人が不具合のある義足を履いても、上手に歩けてしまう。
     それだと、正しい判断が出ないため、わざと反対のことを試してみる。
     つまり、(義足の)高さや角度などを"不具合が出る方へ"変えてみる。
     ただ、そのためには、義足をベストな状態に戻せる技術が装具士に問われる」
榊原先生「(義肢を)作るサイドと、治療するサイドが同じ視点を持つことが重要です」
瀧谷さん「"幻肢痛"に関しては、僕ら(装具士)は免責にしてきた。
     無いところの痛みなんだから、"義足の所為じゃない"としてきた。
     『無いところは、どうすることも出来ない』と。
     でも、いまの話だと、やっぱりどっか影響してるんでしょうね」


ちょうど、【横関さんの治療映像】で、
榊原先生が"腰を動かした時に痺れが消えた場面"が映った。
■動画レポート081119_02(9分35秒)
 http://jp.youtube.com/watch?v=BUzlEBot7O8   

榊原先生「今回の話って、
     当事者でもない僕らが、装具士や現場の皆さんに"何やってたんだ!"と
     言い掛かりをつけてる様なことです。そこは心配してます。
     でも、私の仕事(整骨院)をしていて、色々と思うことがあった。
     《椎間板ヘルニア》の人って、腰に問題があるのに足先に痛みが出ます。
     その患者が、不幸にして足を切断することになったら?
     足の痛みは消えるのだろうか?
     私は絶対に無くならないと思う。
     この考え方は、"幻肢痛"の仕組みを考えるヒントにならないだろうか、と」
瀧谷さん「なるほど」
榊原先生「(幻肢痛のある)患者は痛みを感じている。体の痛みとして感じてる。
     これは心や精神の痛みじゃないんだと。
     だのに、病院では、
     『なんで、精神安定剤と睡眠薬しかもらえないのか?』と言ってる」
瀧谷さん「分かります。
     極論を言えば、義足の作り方が悪かったことで出た痛みが
     "幻肢痛"になる可能性もあるんですよね」
榊原先生「子供には"幻肢痛"は出ないという話もある。
     それは手足があった頃の記憶のイメージが薄いからだと言われてます。
     でも、"幻肢痛"と"幻肢"は違いますよね。
     そのイメージが出来てない状態での判断がどうなのか?
     しかも、実際に子供で検証した資料がほとんどない」
瀧谷さん「足の切断と手の切断でも異なるし、
     痛みがあった時の切断と無かった時の切断も異なるし。
     もっと、いろいろ分かるかもしれないですね。
     現在の一般的(医学的)の"幻肢痛"に対する捉え方のコメントが欲しいですね」
榊原先生「私がしてきた仕事が、経験が、
     なにか役に立つきっかけになればと思ってるだけです」
瀧谷さん「あまりにも(幻肢痛を)一言で終わらせてしまっていることは、
     僕ら(装具士)の問題ですね」


このプロジェクトのアプローチは、見方によっては、
現場の相手に対して、失礼な指摘になっている場面もある。
それなのに、瀧谷さんは、真剣に興味深く、こちらの話しを聞いてくださった。
また、あさっりと現在の問題点を指摘し、
その解決と、実行の手掛かりの意見を交わすことが出来た。

【参考サイト】
・椎間板ヘルニア - Wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8E%E9%96%93%E6%9D%BF%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%A2
・足のしびれ: 腰椎椎間板ヘルニアの症状
 http://ashinoshibire2.seesaa.net/article/115770200.html
・足のしびれ、痛みに関する質問集
 http://tamamed.web.infoseek.co.jp/dr-m/j_neuralgia.html

−−−−−−−−−−
瀧谷さんの「アフガニスタン義肢装具支援の会」の活動についてもお話を聞いた。
・アフガニスタン義肢装具支援の会
 http://www.gisoku.com/index.html

瀧谷さん「わたしらの活動は、実はなんの役にもたってない。
     アフガンの負傷者はすごい人数で、いままで200人の義足を作ったけど、
     その数って、1万人必要な人間居るなかで"1人"分を作ったに過ぎない。
     ※負傷者の割合は人口の7%に及ぶ。
      いま、アフガン人口が250万として、その7%は17万5000人居ることになる。

     日本では{1000人に3人}ぐらい、つまり人口の0.3%が障害者の数。
     且つ、義足を着ける人はもっと少なくなる。
     大体、毎年、3000〜4000本の義足が日本で作られている。
     作り替えのサイクルが4年くらいだとして、
     12000人ほど、日本に義肢装具者が居る。
    
     と考えると、アフガンの人数はとんでもない数と言える。
     日本では6000人が義肢装具の仕事に携わっている。
     アフガンでは、装具士は600人しか居ない。
     日本の10分の1の人数の技士で、何倍もの患者の対応をしている。
     と言うより、対応出来てなんかいない。

     日本の場合は、義足の代金は国の保証で支払われる。
     それが私たち(装具士)の収入になる。
     でも、アフガンでは、国はその代金を支払わない。
     患者本人はお金を持ってない。
     では、誰がその代金を払うのか?
     アフガンでは、義肢装具士は職業的に魅力がないことになる。

     現地が彼らをケア出来ないなら、誰がやるのか?
     我々じゃなくても、いいのかもしれない。
     トータルで言えば、我々がやってることなど、無駄なことかもしれない。
     でも、知ってる以上、やれる以上、続けていくしかないかな、と」


「アフガニスタン」と世界、日本との関係は、
「人道支援」「自己責任論」など、言葉で語られるより複雑である。

自分は何処に居るのか?

僕自身は、このテーマを取り組むに於いて、あるカメラマンの言葉を目指したい。

□「知りたいこと」より「知らないこと」−山崎 裕
 私と放送との関わりはカメラマンとして始り、カメラマンとして終ると思っている。
 初めてテレビジョンと出会った少年時代、
 テレビジョンとは、まさに「遠くのものを見せてくれる道具」だった。
 映画が好きでカメラマンを目指し、ドキュメンタリーに惹かれ、
 気が付いたらテレビジョンの世界にどっぷり漬かっていた。
 だから放送人という自覚も無いし、放送文化をまともに考えたことも無かった。
 ただ、遠くの出来事を遠くに送って見せるテレビジョンにカメラマンとしての愛着が強い。
 今のテレビには「日本人の大多数が知りたがる筈」という情報で溢れている。
 だから大量のイラク報道番組の中でイラク国民一人一人の痛みを伝えるものも多少あるのだが
 「イラク問題は日本の国益」として論じられる流れに押し潰されているようだ。
 "遠く"とは"知られざる"という意味でもあろう。
 テレビジョンは「日本人の多くが知らない世界」を伝えるための道具でもあった筈だ。
 「知りたいこと」より「知らないこと」を伝えることも放送の義務であろう。
 カメラマンとして「知って欲しいこと」を探すのが仕事と思っている。
 ただ、カメラは目の前のことしか写せない。
 自らが現場に立って、レンズを向けたものしか写らないのがカメラだ。
 だから撮られた映像は決して普遍的なことでも、一般的なものでも無く、
 具体的で、固有な世界なのだと思っている。
 クイズのための知識や、生活のための知恵がテレビに溢れているが、
 私は生きている人間としての実感にこだわり、
 対象のディテールを見つめ続けたいと思っている。
6


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ