ゾンビーズのオープニングアクトは今度の日曜。ライブの前の練習には、新しい弦で臨むのが、いつからか習慣になっているのだが、あれは確か高校生の時、ライブ中に弦を切った事があり、それ以来の慣わしかもしれない。今日は、休憩時間に、御茶ノ水で、コリン・ブランストーンの、聴いたことの無かったソロ作を借りてきた。ゾンビーズの1、2枚目と、コリンのソロ1作目というのは、60年代好き(コリンのソロ1作目は70年代だけど)にとってはマスターピースである。コリンのソロ1作目は、ニックドレイクと同じような、死の森に苦痛無く誘われるような感覚の、少し恐ろしさを感じる美しさを持っている。その後の作品は、1作目ほどの死を感じさせるような危険な刹那さを感じるわけではないが、時折明るく、美しく、刹那い。コリンの歌を聴いていると、やはり、声だけは、素質と生まれ持った喉が全てなのではないか、と思ってしまう。オープニングアクトが決まってからは、特にゾンビーズ関連ばかりを聴いていて、コリンの声にうっとりしてしまっている。ところで昨日は勤め先の上司に御馳走になったのだが、勤め先の上司との話というのはまったく、ロッドやクリスの創り出したクラシカな世界観とも、コリンのスモーキーな、ロマンチックな、死にたくなるような歌声とも正反対であり、それは当たり前の話ではあるが、今日、成田に降りたったばかりのロッドとコリンと、今度の日曜に同じステージに立つ、という、素敵な奇跡とのギャップにクラクラしてしまう。秋味の、しかし第三のビールの少し可笑しな味と、桃の酎ハイがもの足りず、梅酒を買いに出た。真夜中に猫がウロウロする道をわざと通る。車の影から、ハチワレ猫が警戒したような目でこちらを睨んでいる。そういえば、巨漢の黒猫を、最近、とんと見かけなくなった。きっとどこかで通り掛かりの人に、猫撫で声を浴びせかけているのだろう。明日は休みで、練習がある。おわり。


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