昨日はピピ名球会のゴルフコンペが米原C.Cで開催され、私は三位で関脇に復帰した。スコアは88で平凡だったが、このコースは難しく皆さんの成績が悪かったお蔭である。ピピ名球会のレベルは非常に高く常に80台で回る人が10人はいる。私も3年前までは絶好調で横綱二回、大関三回を張っていたが、肩を傷めて以来三役に入れないどころか、メーカーに甘んじた事もあった。下位の4名は一泊ゴルフの際にお仕置き部屋に入れられて芸を強制されるので皆さん戦々恐々である。平均して最下位とブービーは常連が居て不動だが残りの2名は毎年入れ替わる。私が最下位になった時、お仕置き部屋の定住民が親しげに寄ってきて仲間入りを誘うので必死にシッシッと追い払っていた。何しろ元横綱がふんどし担ぎに落ちてきたのだからヘボは嬉しいだろう。それ以来私は練習量を二倍に増やし、スイングを改造して必死で復調を図った効果がやっと実りつつある。この分では死ぬまでにもう一度横綱か大関に復帰出来そうだと思うのは素人の浅はかさである。仲間に殆ど常に70台で回る名人が3人もいる。この連中に死んで貰わない限り無理だろう。
然しゴルフに好不調は付き物である。名人達が揃って絶不調で私が絶好調の日に当たれば勝つ事は不可能ではない。因みに昨日はエイジシュートを達成した、かの長老に一打勝ったから、挨拶で威張ってやった。
復調といっても最盛期には程遠い。尤も古希を過ぎれば衰えるのも当然である。先ず飛距離が2クラブも落ちた。視力の低下で芝目も読めない。進歩したのはアプローチとコース戦略だけである。若い頃のように何が何でもピンを狙う無茶はしなくなった。
3年前はJGAのハンデが11.0まで行った。昔のコースハンデなら7か8に相当する。シングルさんは何処の町内にも居るが皆さん殆どの場合コースハンデである。従ってシングル入りを夢見る必要は無い。コースハンデでならとっくに達成している。JGAのシングルもまだ諦めた訳ではない。長老を見習って挑戦し続ける心意気である。

0