『人のセックスを笑うな』
井口奈己 (監督)
松山ケンイチ (主演男優)
永作博美 (主演女優)
蒼井優 (女優)
忍成修吾 (男優)
2007年制作
2008年公開
☆☆

山崎ナオコーラによる
同名小説(2004年 河出書房新社)を原作とする、奇妙な恋愛映画。このタイトルを知ったときは、小劇場系の演劇集団によるハイパーテンションコメディを想像したのだけど、フタを開けてみれば、19歳の男子学生と20歳年上の既婚女性との風変わりな恋愛を描いたラブストーリーだという。主演の松山ケンイチが相手役の永作博美に撮影中メロメロだったことは本人も何度も口にしており、さぞや情熱的な映画だろうと思って観てみたら、これが肩透かし。あまり観たことのない不思議なテイストの映画だった。メガホンをとるのは、女性監督の井口奈己。英題は「Don't laugh at my romance.」。
北関東(?)の片田舎にある美術学校に通う磯貝みるめは、産休に入った講師の代わりとして現れたリトグラフ作家のユリに急速に惹かれていく。何事も自分のペースでコトを進めていくユリに翻弄されつつも、彼はユリとの恋愛にのめり込んでいく。みるめに密かに想いを寄せる同級生のえんちゃんは、ユリの同居男性が年の離れた夫であることを知り苦悩する彼を、すぐ近くで、しかし、遠くから見つめていた…。

何とも言えない、奇妙なテイストの映画だった(学生映画のような…)。ストーリーを楽しむ、という映画ではない上に、画面の質感が荒く、映像の色合いも寒々しい(それが関東の冬というものなのかもしれないが)。本来連続しているシーンのカットとカットの切れ目・つなぎ目を不自然に感じることも多かった。長回しと言うほどではないのかもしれないが比較的ワンカットが長く、観客は主人公の2人きりの場に一緒に身をおいて息を潜めて成り行きを見守らなければならないのだが、そこで繰り広げられているのは、恋人同士の他愛もない会話(アドリブ主体なのか?)。現実の恋人同士の実際の会話を聞いてみたって何も面白くないのと同様に、この映画を観ていても正直退屈してしまった(2度目に観たときは、多少彼らの醸し出している「間」の可笑しさにクックと笑える場面もあったが)。ただ、こういうショボさって、これはこれで(TVテイストに毒される以前の)日本映画の伝統なのかなぁとも思う。良く言えば、「揺れる想いを繊細に描いている」ってことになるのかもしれない。僕にはそれが「ショボさ」として感じられる、というだけの話で。

いったい何を描こうとした映画なのかサッパリわからなかったので、ヤケクソで原作小説を読んでみた。原作は山崎ナオコーラのデビュー作で、第41回文藝賞を受賞、第132回芥川賞の候補作にもなっている。文庫本の裏表紙には「『思わず嫉妬したくなる程の才能』など、選考委員に絶賛された―」などと書かれており、「たぶん映画が失敗作だったのだろう」と思って読んでみたら、これまた僕にはサッパリ狙いのわからない小説だった。
実は、19歳の美術系男子学生が20歳年上の非常勤講師の女性と恋に落ち、やがて別れを経験する、というお話のプロット以外は、原作と映画ではかなり設定が変えられている。原作では、舞台は東京、2人の交際は1年半ほど続くし、彼は彼女が結婚していることをかなり早くから知っている。親友の堂本やえんちゃんはあまり物語に絡んでこない。

何よりも異なるのは、主人公のユリが原作ではそれほど魅力的な女性としては描かれていない、ということ。39歳の、ちょっと太った、どちらかと言えばやる気のないデッサンの講師に過ぎない。映画化に当たり、このユリが自由奔放でとても40歳には見えない小悪魔的な女性に変貌を遂げているのだが…。映画公開時の永作博美や蒼井優へのインタビューを読んでみると、2人とも「脚本を読んだだけでは、どんな女性か想像できなかった」というようなことを言っており、厚みをもった1人の人間としてのリアリティーが欠けているように思う。映画としては、永作博美の個人的な魅力で何とか役柄として成立させているものの、脚本的には「何だかよくわからない謎の女性」に終わってしまっているような気がする。

原作小説は、「オレ」という一人称視点で過去の恋愛を振り返るという、やや内省的な内容。ストーリーを追うというよりは、「オレ」の思考を追うという形になっている。映画ではそのテが使えないので、ストーリーを動かすには何か仕掛けが必要になる。そのために借り出されているのが、みるめの同級生のえんちゃんだ。「謎の女」ユリと、彼女との恋愛にただただ夢中になっているだけのみるめの演技が単調な分、演技で1人光っているのが蒼井優。やっぱこの人上手いわ。彼女がいなけりゃ、星1つだったかもしれない。それに、好きな男がずっと年上の変な女との恋愛に一喜一憂する姿を見て笑うに笑えない彼女の姿を見て笑うに笑えない位置に観客はいるわけで。彼女の存在によりその同形構造が見えてくるのがわずかに面白い。
真剣になればなるほど傍から見れば滑稽になっていくのが恋愛というもの。その真剣さを「あなた笑えるの?」ってお話なのかもしれないけれど…。正直、よくわからない映画でした。
あ、あがた森魚を初めて見た、ってのはポイントかな。
※ そう言えば、みるめがボールペンで文字を書こうとして「書かさんねーなー」と言うシーンがあるのだけど、これって僕は北海道弁だと思ってきたのだが。どこから(この映画の中に)入り込んできたものなのかな。

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