2016/3/11

3月11日 金曜日の風景  学校紹介

 本日も入試業務。生徒は立入禁止。

 朝、続々と出勤してくる先生方を出迎えるヨシオともう一匹の犬。黄色い方がヨシオ。白い方の名前がまだなかったが本日決定した。以下白い犬によるメッセージ。

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 吾輩は犬である。名前はまだ無い。どこで生れたか頓(とん)と見当(けんとう)がつかぬ。東淀川区菅原のホームセンターで99円で売られていたことだけは記憶している。

 ある日、年配の男が隣に並んでいた黄色い犬と一緒に吾輩を持ち上げた。彼の掌(てのひら)に載(の)せられてスーと持ち上げられた時、何だかフハフハした感じがあった許(ばか)りである。

 掌の上で少し落ち付いて男の顔を見たのが所謂(いわゆる)人間というものの見始(みはじめ)であろう。人間とは醜悪な生き物と聞いていたが予想外に男前だったので、少し安心した。

 さっそく地面に突き刺されて人前に出されたが、誰一人として吾輩たちを注目してくれた若者はおらず寂しい思いをしていた。どうやらここは高校と呼ばれるところで、多くの若者が自分たちの前を朝夕往き来している。

 ほとんどの若者は元気で楽しそうだが、中には泣きそうな顔をしたり、下を向いてトボトボ歩いている若者もいる。

 そんな若者に言ってやりたい。吾輩はまだ名前もなく、地面近くから「ウエルカム」の看板を持ってみんなを出迎えているのに、御主人様をはじめとして誰一人気にかけてくれる人はいなかったぞ。みんなには自宅に、そして学校に気にしてくれる人がいるではないか。

 そんな吾輩だったが、一昨日から急に御主人様が吾輩をもってデジカメで撮影し始めた。「生徒はおらんし、もうこんなん利用せなブログがもたん」とかなんとかブツクサ言っている。何のことだろう。しかも、もう一匹の黄色いのは「喜生(ヨシオ)」という名前までもらっているではないか。

 そんな御主人様に今朝「そろそろ自分も名前をつけて欲しい」と訴えたところ、「そうやなあ、ごちゃごちゃ考えるのややこしいから、犬やから『犬千代(いぬちよ)』にしよ」「それでいこ」とあっけなく決まってしまった。「なぜ自分は『犬千代』と時代がかったふるくさい名前で、あいつは『ヨシオ』と普通の名前なのか」と抗議したが、「やかましい。徳川家康も小さいときは竹千代ちゅう名前やったんや」と怒られた。何の関連があるのか理解できない。

 今朝も「ヨシオ」と並んで先生方を出迎えた。ヨシオと吾輩の関係はよくわからない。落ち着いたころに御主人様に聞いてみるつもりだ。

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 以下次号 着想 『吾輩は猫である』夏目漱石




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