2016/8/14

『OKU NO HOSOMICHI』 第11回  国語科S先生の『OKU NO HOSOMICHI』

〜A long time ago in TOHOKU far,far away(昔々、遠い遠い東北の地で(「STARWARS」?)〜

1986 OKU NO HOSOMICHI(SHOWA〜HEISEI)
国語科 副島勇夫

第11回「ほんとの空の町、安達ヶ原の鬼婆、喋る電話ボックス〜後編(二本松、安達太良 福島県)」

 今回の旅の最終日となる8月8日、国道4号を福島市を目指し歩いていた。途中から山の中を切り開いた高速道路のような道になり、歩道はあるものの車以外には全く歩行者に会わなくなった。所々にドライブインのような食堂、工場などはあるものの民家はほとんどない。左右は丘のようになっていて、その切れ目から時折遠景が見える。見下ろすような感じで街並や田畑が見える。ずいぶん高い所を走っている道だ。

 誰に聞かれるわけでもないので大声で歌いながら歩く。TUBE、杉山清貴、サザン。そして、なぜか演歌。気持ちいい。(時代を感じるでしょ、高校生には。なんせ、1987年のことだ。今から約30年前だ。)

 おまけに久しぶりの快晴だ。「笑ってもっとBaby……」というところで前方から来た白い車がクラクションを2度鳴らし、ドライバーが手を振る。私は右側の歩道を歩いていたので対向車と向き合うことになる。しばらくするとトラックのクラクションの後、ドライバーの左手が軽く上がる。クラクションの挨拶に元気づけられ快調に歩く。

 このクラクションの挨拶は「東北」で一番多く経験した。福島、宮城、山形。さすが、青木先生の故郷「東北」だ。東北の人たちは、優しかった。感謝。

 食堂の前に電話ボックスが1つ。あまり見ない形の普通より一回り大きなものだ。何となく扉を開けると「いらっしゃいませ。」と機械的な声がする。面白くなって扉を閉めてみると「ありがとうございました。忘れもののないようお気をつけ下さい。」と御親切な言葉。山の中の国道の電話ボックス。いったい1日に何人の人があの声を聞くのだろう。

 左手の視界を防いでいた丘がとぎれ、ガードレールに代わり景色が開けていく。振り返ると安達太良連峰がくっきりと見える。峰々の上に青い空。「ほんとうの空」は、かろうじて最終日に姿を見せた。

 次第に道が下がっていき、遠くに福島市の街並が見える。右下に見える堤防では草野球。暑そうだ。歩きながら顔や腕が焦げていくのがわかった前年と違い、晴天に恵まれなかった分、このままずっと歩いていたいと思った。昼過ぎにJR福島駅到着。昨日は1か月遅れの東北の七夕のため、駅のコンコースに七夕飾りがある。短冊に願いごとを記して笹につけるコーナーに旅行客たちが集まっている。

「奥の細道完歩祈願 1988年8月8日」まだ、東京から347、5キロ。先は長い。

 次回は第12回「水平線・仙台七夕恐怖の中華料理店〜前編(岩沼、福島県、仙台、宮城県)」です。

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