2006/3/28

リバウンド...  プラモデル


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★このプラモも過去20年の間に手放したり複数所持して繰り返し循環品であります。猫にマタタビと言いますか見つけると飛びついてしまいます。思い起こせば近所の三味線の先生ちのタンスの上においてあったのを見たのが原初記憶であります。今日たまたまそこの家に35年ぶりぐらいに訪問しました、くだんのタンスもおそらく昔と変わらず同じ位置に鎮座している事でありましょう。(シービュー号はさすがにそのまま残ってはいないでしょう。)思えばプラモデルだけでなく近所のおばあさんも自分と関わりのあるウエットウェアなのであります。
三味線の師匠>”この家が建ったのは伊勢湾台風の時だから昭和32年か34年だワサ、築32年はたつねぇ。
猫が洞>先生 伊勢湾台風の時ですとざっと約40数年は前ですよぉ(^^;)心の声
どうやらこの先生の体内時計メモりは約15年前から時を刻んでいないのであります。三味線、長唄弾きながら芸者ハウス営んで今日まで人生送ってきたのですが昔からかわらない家の造りに”ひょっとして怪獣のおもちゃ残っていませんか?”とのど元まででかかりました。(苦笑)そういえばマルザンのフライデーの手のU字型のブルーのパーツをみたのもココの先生のうちでした。おそらく遊びにくる旦那衆がそこの娘に玩具を十分買い与えていたのでしょうね。
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2006/3/28  23:42

投稿者:猫が洞 きよみ

>いわゆる格子女郎というもので

おおお 映画SAYURIにでてきたですね。

芸子遊びお大尽でわーっとあげてやってみたいですがお客にもそれなりの遊びの技量が求められるモノらしいですな。最近は芸子さん少なくてコンパニオンに駆逐されつつあるようなのは残念ですね。

2006/3/28  23:29

投稿者:小狸工房

前の通りが芸子さんで華やぐとは、ますます持って小狸さんちの実家に雰囲気が似てきますな。もっともこちらはあからさまに遊郭でしたが。
いわゆる格子女郎というもので、その建物も先日とうとう更地にされてしまいました。
終戦直後には進駐軍相手にずいぶん賑やかだったそうですが。

しかし男の子と間違えるって、そのお嬢さんなりに芸子さんたちのあり様に抵抗を感じてらっしゃったのかも知れませんね。

2006/3/28  23:05

投稿者:猫が洞 きよみ

その昔は 芸子さんで華やいでいたようですよ。ウチの前の通りは...まさに つげ義春の時代だと思いますな、三味線の師匠さんの娘は私よりも少し年上でして遊んでもらっていた当時はおてんばで幼い猫が洞はずっと”男”だと思っていました。おそらくプラモや怪獣の人形のお土産は同じように”男の子”と錯覚した旦那衆の手みやげ品だと思います。赤影の再放送の頃までよく遊びましたがあるときからぷっつりと来なくなりました。今はお嫁に行って暮らしているそうです。

2006/3/28  22:54

投稿者:小狸工房

おさみせんのおっしょさん。

う〜む、昭和テイストですね。滝田ゆうかつげ義春の世界ですね。
師匠のお嬢様に手土産を渡す旦那衆。雰囲気あるなぁ。
しかしオモチャがロボットや潜水艦プラモだというのがなんとも(笑)。リカちゃんじゃないのね。お嬢さんはお楽しみになられたのでしょうか。よそんちの大人が手土産に持ち込むオモチャって、時に思いきり的外れだったりして子供を混乱させちゃったりするもので。
ミラーマンのアイアンのソフビと僕の妹の反応とはシル様のところに詳しく書きました(笑)。
僕の叔父がイマイの特大マイティジャック号を持ってきてくれたときには狂喜乱舞したものです。

猫にマタタビ。
猫が洞さんに絶版プラモ。

失礼いたしました。

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