あれから・・・  

純さんとまみさんのブログ、引き続き更新されています。
リアルに被災地の様子が綴られています。


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大震災から3週間が経ちました。
いろんな方のブログに、被災地のワンコ保護についてや募金などの情報、支援物資に関する情報などUPされています。
私のブログはアクセス少ないので、もっぱらツイッターにて情報を拡散してました。


そんな私ですが・・・

元々ロビンが死んだ直後から気持ちがとても不安定になり、体調もイマイチでした。そんな時に起こった地震。
しかも東北に甚大な被害を及ぼした地震。

テレビで壊滅した街や、被災された方々を見れば見るほど心が痛く、涙が出て、さらに気持ちが不安定になってしまいました。
そして東京でも続く余震。
テレビで急に出る緊急地震速報。

ネットで見た言葉ですが、『エア被災』。
まさに私、恥ずかしながらエア被災・・・

大きい地震でもないのに異常にビクビクし、常に体が(特に手足)が震えるようになってしまいました。

頭ではいつも「自分はあと何ができる?」

そして募金以外何もできないっていう・・・


「できるだけ普通の生活を」を心がけてはいるものの、不安障害の持病も手伝って常にビクビク。
本当に恥ずかしいです。

ただ、仕事だけはきちんと行けていました。
そしてここ2、3日で何か自分でもよくわからないですが、気持ちがしっかりしてきて、震えがなくなってきました。
いつまでも『エア被災者』でいるわけにはいかないですもんね!


このブログでは、純さんとまみさんのいわき市このとを知って欲しいと呼びかけましたが、やっとテレビでもいわき市の辛い現状や風評被害について取り上げてくれるようになりました。


でも東北の広範囲での災害。

純さん、まみさんのご実家以外でも、いろんな知人が被災したことをこの3週間で知りました。

昔在籍していた会社の先輩たちが、結構地元にUターンしていて(会社では東北出身者が多かった)、被災していたことをmixiのコミュで知りました。
連絡を取り合うほど親密な先輩ではなかったけれど、ビックリしたのと同時に、みなさんご無事で安心しました。
でも今は辛い思いをされてると思います。


今の会社でも、経理をやっているおばさまのご実家は、福島の南相馬市・・・
家は無事で被害もそんなになかったそうなのですが、思いっきり原発の待避圏内で、親戚一同、避難生活をされてるそうです。
地震以来、頻繁に携帯で連絡を取り合ったり大変そうです。
「もう南相馬には戻れないんじゃないかな」と寂しそうに漏らしていました。

そして取引先の印刷会社が岩手の一関にあるのですが、いつも営業で来られるSさんからは岩手の現状が聞けました。一関の本社は、揺れは酷かったもののすぐに復旧・稼働できたそうですが、釜石にある営業所が壊滅しました。
ガレキだらけの営業所へ、大事な書類が入っていた金庫を探しに行ったそうですが「ガレキを片付けるとご遺体がありそうで怖くてね・・・」と語っていました。

社員さんのご家族でも、やはり亡くなられた方がいらっしゃって、震災後に比較的すぐご遺体が見つかったそうなのですが、火葬待ちで数日前にやっと火葬できたそうです。
物資が入ってこないのは岩手も同じで、お棺にお花を入れてあげることもできない。

食料品・ガソリン不足も他県と同じで、「○○のコンビニにパンが入りました」というと一気に人が押し掛け、コンビニが30分で営業終了、「○○のスーパーに牛乳が入りました」というと、同じく数十分で営業終了・・・
という感じだそうです。

東北道も、ぼこぼこで酷い状況らしいです。


実家の青森は、八戸では津波の被害がありましたが、弘前は停電だけで済みました。
でも、義妹の同僚の岩手の実家が津波で流されてしまったとか、やはり震災の被害はとても身近です。


テレビはNHKを見ることが多くなりました。
体の震えが治まった今も、頭の中は「何ができるか?」でいっぱいです。
出勤時、電車に乗っていると、東京はあまりに普通で思わず涙ぐみそうになったりします。
悪い夢を見てるんじゃ・・・と思ったりもします。


福島をこれでもかと苦しめている原発。私もとても怖いですが、違う側面での悲しい話も聞き、それも辛いです。


関係ないですが、今のロビンのお花

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何というお花か忘れましたが、綺麗に咲いています。
うしろにある汚い板。汚れはロビンのつけた汚れ。
処分しなくては・・・と思いながら、汚れさえもいとおしい。


そして震災の混乱の中、父の四十九日もひっそり終わりました。お墓も決まって、今発注して家紋と名前を彫ってもらっているところです。

父はたくさんの花に囲まれ、たくさんの親戚・知人に送られて逝きました。
震災で亡くなった方に比べたら、なんて幸せな最期だったか・・・と、今は思います。



そして私も『エア被災』を脱出して、普通に生活できていることに感謝し、できることをめいっぱいやっていかなくては!

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上を向いて行こう!
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