2009/9/24
父が終戦を迎えたメナドとは、堀内豊秋海軍大佐が日本初の落下傘攻撃をしたところでした。 隣国との友好と平和
戊己庚辛壬癸(ぼきこうしんじんき)→(簿記の更新日記)
まだまだ歴史の勉強が足りません。甲乙丙丁の次が何であったかを知らなかったのですから…
旧北部町御馬下の角小屋(みまげのかどごや)の資料館でのこと。江戸時代の年の数え方のうちの、甲乙丙丁のあとの呼び方です。入場料200円なりで入ったからには、何か1つは学んで出なくてはならぬと思ったのです。北部病院の南で、飛田バイバスへの近道に分岐するあたりだということは以前から知っていたのですが、裏の駐車場に書いてある説明しか読んでいませんでした。
『こんにちは!』
『今日は連休だからか入館者が多いから嬉しいです』
薩摩から篤姫が江戸へのぼる途次に立ち寄ったところということで有名になりつつあるようですが、いつもは暇だという受付の人が案内に立って下さり恐縮です。
このトイレに篤姫様が3回入られましたと指差してまで教えてもらえるとは…
なるほど前に斜めにつかまる板が打ち付けてあります。子どもの頃に足を滑らせて転落したことがある穴は懐かしくもあります。
御馬下の角小屋には、西郷隆盛も立ち寄ったとかで用を足したかも…表は酒屋と金貸しもやっていた商家ですから、暖簾も下がっていただろうし…今はパチンコ依存症と金貸しがワンセットですが、昔はアルコール依存症と金貸したワンセットだったということなのでしょうか?土間や、客が出されたお茶を飲んだと思われるあたりの畳の雰囲気も、八つぁん熊さんみたいな、あるいは弥次さん喜多さんがひょいと旅装束で出てきそうに感じられます。
● 名月や 畳の上の松の影 其角
裏に幹の太い松林があるだけにこの句がよく似合います。
1809年築とは…ちょうど200年経過です。2階には珍しい木象篏(ぞうがん)という技法で目出度い(打ち出のこづち)みたいな形がいくつか嵌め込まれていましたが、夜大佐が布団の中から見上げながら戦争と平和について思いを巡らせただろうと思われます。
ギシギシ言わせながら2階に上がる階段の急なこと。手すりは現代につけたものでしょうが、これがなかったとしたら危ない。
済済黌出身の人でデンマーク体操を元に【海軍体操】を考案した人の生家でもあることまでは、熊日記事で頭に入れていましたが、父が終戦を迎えた地・メナドに、陸軍のパレンバンよりも先に海軍落下傘部隊が降下したこと。この家の堀内豊秋海軍大佐が指揮したことは、以前からかすかに知識があったのですが、メナドで終戦を迎えた父の入院という事実を受けて来てみたら、初めて父との接点があった人だったんだと気付きました。

堀内豊秋さんがB級戦犯としてオランダにより処刑されなければ、
『メナドで一緒だった父の子です…』
と言って私が氏を訪問できたかもしれない家だと思えば、本棚の本も写真も部屋の空気、2階から見える景色までもがしみじみと胸に迫り感無量です。
同じ熊本出身ということで、
『おい田島!』
と呼んで飛行機で連れ帰ってくれた場面がよぎりました。
船で帰ろうとした兵隊たちは、機雷に触れて轟沈の運命を辿ったとの話も聞きますので、命びろいの恩人と言えましょうか。
父は落下傘で降下した訳ではなく、その後に徴兵により配属されたのでしょう。
その息子が戦後43年にして全く知るべのない西原村に落下傘降下したのですから、やはり父は落下傘とは縁があったんですね。
さて、話は変わりますが、昨日今回の衆院選候補者・田村貴昭さんにねぎらいのメールを送りました。
インターネットの可能性を汲み尽くし活用し尽くしましょうと。田村貴昭さんのブログには、温泉に関する話題があり、他の候補と比べて異色のアクセスがあったのではないかと想像しています。
私も【ケータイ速打法の提案】を、少しずつ文章の末尾に書いています。
最近のケータイは、学習能力があり、かなりスピードは上がりますが、それでも私の【ケータイ速打法】を採用していただければ、さらにさらに入出力のスピードが上がるのは確実です。私のブログ投稿はほとんど出先からのケータイメールによるものです。これは速打法のおかげで、親指入力が苦にならないからこそできたことだと思えば、たくさんの人に伝授してブログにせっせと読みごたえのある文章をアップしていただきたいと考えますと意欲がわきます。
………………
【ケータイ速打法の提案】
○「ではないでしょうか」=「では」「ない」「でしょう」か=「28」「8」「48」か
多少文法的にキーの配列を考えて単語登録をやっていくという発想ですが、まず頻出の否定形は中心よりも下に持っていくという感覚で、「8」を「ない」と単語登録させます。
ついで「では」「ない」を続けて「ではない」を「288」=「かゆ」と登録します。
●「そうしましょう」=「そう」「し」「ましょう」
肯定形は上に向かう気持ちです。
勧誘の気持ちは右下へ手を差しのべる感覚です。
「ましょう」=「70」と右下に流すように登録するのです。
「でしょう」なら「た」行の「4」から右下へ「48」。
これなら「でしょう」と「ましょう」がセットで覚えられて、かなりスピードアップできるのではないでしょうか。
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まだまだ歴史の勉強が足りません。甲乙丙丁の次が何であったかを知らなかったのですから…
旧北部町御馬下の角小屋(みまげのかどごや)の資料館でのこと。江戸時代の年の数え方のうちの、甲乙丙丁のあとの呼び方です。入場料200円なりで入ったからには、何か1つは学んで出なくてはならぬと思ったのです。北部病院の南で、飛田バイバスへの近道に分岐するあたりだということは以前から知っていたのですが、裏の駐車場に書いてある説明しか読んでいませんでした。
『こんにちは!』
『今日は連休だからか入館者が多いから嬉しいです』
薩摩から篤姫が江戸へのぼる途次に立ち寄ったところということで有名になりつつあるようですが、いつもは暇だという受付の人が案内に立って下さり恐縮です。
このトイレに篤姫様が3回入られましたと指差してまで教えてもらえるとは…
なるほど前に斜めにつかまる板が打ち付けてあります。子どもの頃に足を滑らせて転落したことがある穴は懐かしくもあります。
御馬下の角小屋には、西郷隆盛も立ち寄ったとかで用を足したかも…表は酒屋と金貸しもやっていた商家ですから、暖簾も下がっていただろうし…今はパチンコ依存症と金貸しがワンセットですが、昔はアルコール依存症と金貸したワンセットだったということなのでしょうか?土間や、客が出されたお茶を飲んだと思われるあたりの畳の雰囲気も、八つぁん熊さんみたいな、あるいは弥次さん喜多さんがひょいと旅装束で出てきそうに感じられます。
● 名月や 畳の上の松の影 其角
裏に幹の太い松林があるだけにこの句がよく似合います。
1809年築とは…ちょうど200年経過です。2階には珍しい木象篏(ぞうがん)という技法で目出度い(打ち出のこづち)みたいな形がいくつか嵌め込まれていましたが、夜大佐が布団の中から見上げながら戦争と平和について思いを巡らせただろうと思われます。
ギシギシ言わせながら2階に上がる階段の急なこと。手すりは現代につけたものでしょうが、これがなかったとしたら危ない。
済済黌出身の人でデンマーク体操を元に【海軍体操】を考案した人の生家でもあることまでは、熊日記事で頭に入れていましたが、父が終戦を迎えた地・メナドに、陸軍のパレンバンよりも先に海軍落下傘部隊が降下したこと。この家の堀内豊秋海軍大佐が指揮したことは、以前からかすかに知識があったのですが、メナドで終戦を迎えた父の入院という事実を受けて来てみたら、初めて父との接点があった人だったんだと気付きました。

堀内豊秋さんがB級戦犯としてオランダにより処刑されなければ、
『メナドで一緒だった父の子です…』
と言って私が氏を訪問できたかもしれない家だと思えば、本棚の本も写真も部屋の空気、2階から見える景色までもがしみじみと胸に迫り感無量です。
同じ熊本出身ということで、
『おい田島!』
と呼んで飛行機で連れ帰ってくれた場面がよぎりました。
船で帰ろうとした兵隊たちは、機雷に触れて轟沈の運命を辿ったとの話も聞きますので、命びろいの恩人と言えましょうか。
父は落下傘で降下した訳ではなく、その後に徴兵により配属されたのでしょう。
その息子が戦後43年にして全く知るべのない西原村に落下傘降下したのですから、やはり父は落下傘とは縁があったんですね。
さて、話は変わりますが、昨日今回の衆院選候補者・田村貴昭さんにねぎらいのメールを送りました。
インターネットの可能性を汲み尽くし活用し尽くしましょうと。田村貴昭さんのブログには、温泉に関する話題があり、他の候補と比べて異色のアクセスがあったのではないかと想像しています。
私も【ケータイ速打法の提案】を、少しずつ文章の末尾に書いています。
最近のケータイは、学習能力があり、かなりスピードは上がりますが、それでも私の【ケータイ速打法】を採用していただければ、さらにさらに入出力のスピードが上がるのは確実です。私のブログ投稿はほとんど出先からのケータイメールによるものです。これは速打法のおかげで、親指入力が苦にならないからこそできたことだと思えば、たくさんの人に伝授してブログにせっせと読みごたえのある文章をアップしていただきたいと考えますと意欲がわきます。
………………
【ケータイ速打法の提案】
○「ではないでしょうか」=「では」「ない」「でしょう」か=「28」「8」「48」か
多少文法的にキーの配列を考えて単語登録をやっていくという発想ですが、まず頻出の否定形は中心よりも下に持っていくという感覚で、「8」を「ない」と単語登録させます。
ついで「では」「ない」を続けて「ではない」を「288」=「かゆ」と登録します。
●「そうしましょう」=「そう」「し」「ましょう」
肯定形は上に向かう気持ちです。
勧誘の気持ちは右下へ手を差しのべる感覚です。
「ましょう」=「70」と右下に流すように登録するのです。
「でしょう」なら「た」行の「4」から右下へ「48」。
これなら「でしょう」と「ましょう」がセットで覚えられて、かなりスピードアップできるのではないでしょうか。
