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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2010/1/19

姜尚中さんは熊本駅の西にある万日山に住んでおられたとは  村のあちこち村おこし

 西原村の湧水地・袴野にある文化創造館『風流(カザル)』でコーヒー飲みながら、姜尚中さんの自伝を読み始めました。

 ということは読み終わるまでこれから度々コーヒー飲みに通わなくてはならなくなった(笑)ということです。

 氏が幼・少年期を過ごされた熊本時代のことが詳しく書いてあります。熊本駅西の万日山に住んでおられたとはビックリ。

 というのが、私は同じく熊本駅のすぐ南の二本木は古町小学校に通いながら、万日山の方まで虫取り網を持ってよく出かけていましたから、ひょっとしたら少年時代の姜さんとそのご両親にも道でばったり出会っていたかもしれないのですから。

 万日山と言えば、有名な【熊本バンド】が結成されて、日本のプロテスタント・キリスト教の源流の地となった『花岡山』の隣の山でありまして、その後キリスト教布教に熊本に戻った(?)大学生などが【万日山の誓い】をやった山でもありますから、近代日本のキリスト教とは不思議と縁がある地ですね。

 『風流』の吉岡七郎さんの生まれた家は、熊本駅の西から踏み切りを渡って万日山に行く途中にあったそうですから、家の前を通る姜さんやその家族と必ず会っているはずだと言われました。

 姜さんの家族の出身地は、朝鮮半島の南東部の九州に一番近い慶尚南道だそうです。日本の植民地になってから人口のかなりの割合が域外へ移動していったということも書いてありました。

 お母さんの姓が禹さんだということ、お父さんから見初められて熊本に来られたけれど、頑なに韓国での年中行事を行い、旧暦(太陰暦)の時間で生活は流れていて、すべてのできごとも旧暦で記憶しておられたそうです。姜さんの出生届けも太陽暦で出されていますが、その日付は本当は太陰暦によるものである可能性があるとも。

 文盲でおありで、そのことがコンプレックスになっておられたようでしたが、自分の通名である『春子』を何度も何度も練習して姜さんにこれでいいかと確認されて、安心されたことも…

 時折貯めに貯めておられた怒りを爆発されたり、かと思えば鬱に沈まれたりされていたことなど。

 また少年時代のみならず最近でも、姜さんは自分の顔にコンプレックスがおありで、写真をまともに見ることができないと。それは少年時代に、いかにも朝鮮人とわかる顔をしていはしまいかと気にして小さくなっていたことが、今に尾を引いているというようなことまで、赤裸々に語っておられます。

 現在姜(かん)さんの、知性に満ちて冷静に社会に対して発言をされている顔は堂々と自信ありそうで、電車の釣り広告などにも掲示されていまして、多くの人びとがそんな姜さんに魅力を感じているのに意外ですね。

 熊本県と友好関係にある忠清南道の熊本事務所が県庁の中にありますが、その所長さんの名前がやはり禹(う)さんです。

 横井小楠が言うように、古代中国の聖王三代として儒教で称えられている尭(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)の禹は、治山治水の神様です。

 大土木工事を行ってついに黄河の洪水を治めたからですが、その後に殷王朝・周王朝への易姓革命や、春秋・戦国の動乱の中で、きっとその一族が朝鮮半島に逃れてきて先祖になったに違いないと私は思います。山東半島の『斉』の国と、豊かな文化の香りの『百済』も字がよく似ているところが、その辺の事情を暗示してはいないかと私には思えてならないのですが。

 姜さんは、私よりも3歳上で昭和25年の生まれですが、幼少の頃に熊本駅から健軍あたりまでは、六師団司令部をもつ軍都だったこともあるためか戦災がひどく、焼け野原がいつまでも残っていたと書いてあるのですが、3年違いの私の記憶の中にはそのような光景は一切残っていません。

 万日山の朝鮮人集落を、突然税務署員たちが酒の密造の疑いで襲い、姜さんのお母さんが没収して行くトラックに石を投げてガラスを割り、泣き崩れた光景をはっきり覚えていると。その時、自分たちはアウトローではないかと強く印象づけられたと、当時の熊日記事の写真付きで述懐されています。

 酒の密造と言っても今から思えば『マッコリ』は彼らの文化なのにですね。今ならマッコリ特区を作ったらよかったのにとか、気の毒な気持ちになります。戦後すぐの税務署や税務課はかなり権力的にやっていたようでが、21世紀の今は果たしてどうでしょうか?

 全国各地の自治体で差し押さえ・競売という強硬手段を行使して、税金や国保などの滞納整理が行われていることを見るにつけても、心を痛めています。決して終戦直後の話ではないんですよね。

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