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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2012/6/2

米軍基地なき沖縄がもうそこまできている予感がしてなりません。  村のあちこち村おこし

 6月になった途端に蒸し暑くなりました。時おり雨が降りかかり梅雨入りしたような…


 今まで聞かなかった【チャボッ】というような珍しい鳥のひと声と、蛙のガァのひと声とがしました。


 空気の湿り具合を敏感に感じたのでしょうか。最初は遠慮がちに、そしてだんだんと…時代は変わったんだぞとばかりにガーガーガーの大合唱へと、これから勢いを増していくのでしょう。


 《安里屋ユンタ》の民謡で有名な安里(あさと)だとか新都心は、マンションや公共の建物などが密集しつつある、いわば再開発の最中です。そのどこかに、【シュガーなんとか】というBttlefield(古戦場)があるようです。

 日米両軍による死者が多数、今なお骨となって埋もれているらしいので、まだ古戦場とは言いにくい感じです。

 何しろブルドーサーで掘っているうちに人骨が出てくるとか…


 今なお当時米軍が落とした不発弾の処理が行われたニュースが報じられる沖縄です。


 多分、想像するに、そこはザワワ・ザワワと風に鳴る砂糖黍畑が、どこまでもどこまでも広がっていたのでしょう。


 つまりは32軍司令部を死守しようとした首里日本軍側と、牧港から上陸してきた米軍側との中間地点が、このあたりであったということなのでしょう。


 那覇市自体、1945年の6月23日の降伏調印のその時点では、文字通り誰ひとり住めない廃墟。

 米軍により立ち入り禁止にされた状態だったようです。


 サイパンと沖縄…陸上戦が行われた地のいずれでも、住民が巻き込まれています。


 再開発されつつある一帯を少し離れたら、幅が1メートルしかない路地がくねくねと迷路になった住民密集地が広がっています。

 軒端をすかして現代的なモノレールがゆっくりと通り過ぎるのを見上げるのも、対照的な画像を切り取るカメラアングルになりそうです。

 終戦直後にバラックを建てて住み着いたままかもしれない密集ぶりであって、観光客としては通りすぎて気づくことのない那覇市の裏側です。


 同じ県議選の応援に来た36年前の具志川市(合併してうるま市になりました)も、24年前の豊見城村も、ビラ配りに歩いてみるとあちこちから三線に合わせた民謡の練習が聞こえてきた記憶が甦りました。


 田舎の方にも庶民が身を寄せあって暮らす密集地はありました。


 しかし、那覇市内では三線の音が聞こえてくることはなくて、替わりにゴミ収集車のチャイムやモノレール内でのメロディーにのみ琉球音階を聴きます。


 琉球音階には、人の心を陽気にして、踊り出したくさせてしまう不思議な力がありますね。

 ゆっくりした民謡ならゆっくりと、速いテンポなら速いなりに手をくねらせながらカチャーシーで…


 沖縄にはユイマールの精神があると聞きましたが、ユイとはたぶん《結い》だと思うのですが、マールの方は何でしょう?(こころ?)


 沖縄のモノレールの名称を《ゆいレール》と言います。


 終戦直後のようにひしめく住宅群は、木造ではなくて石造りだからこそ強風でも火災に遭わずに存続できたのではないかと思うのです。


 隣家との垣根が低くてもやっていけたのも、ユイマールの助け合い・分かち合いの精神があったればこそ、心理的にもやってこれた家並みだと思えます。


 (熊さん八つぁん)の落語に出てくる江戸の長屋のように…
 身を寄せ合うと、よいことも金銭の貸し借りのような煩わしいこともたぶん起こってきたことでしょう。


 でも支持者訪問を何十軒かやってみて、人間を本来《善》とみて信頼しているらしい感じは伝わってきました。


 外部からの侵入を極端に寄せ付けない構造の、ビル玄関口にあるインターホンを押して用件を伝えなければならないという、今はやりのマンションでさえも、きちんと話せば玄関に入れてもらえる場合がありました。


 それに、家は貧相であっても顔つきは意外と凛としていて、自分の頭で考えたらしい政治的な見解を、はっきり述べるところは実に知的で頼もしい感じがします。


 ボーッとした政治的無関心とは遠く離れていますね。

 ただ若い青年たちはどうなんでしょうか。訪問先が高齢者ばかりなのが懸念されます。

 でも政治的な敏感性が高ければ、米軍基地撤去させる日もそう遠くないと感じます。

 定数2の糸満選挙区で、立候補者がふたりしかおらず、日本共産党の候補者が無投票当選したという報せが届きました。


 沖縄って不思議な世界ですね。きっと幸福度指数は全国の中でも高い方なのかなと思えます。

 幸福は幸福を呼び寄せます。尖閣諸島の領土問題に決着をつけて中国との友好関係を築く第一歩は、米軍基地を撤去させること…その前段として日本共産党の躍進が必要です。
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