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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/4/9

清少納言は周防の防府市の人。そう見ると山口県が清少納言に見えてきました。秘話ヒストリア  村のあちこち村おこし

 『歴史秘話ヒストリア』は、歴史好きな私には必見です。

 録画しておいて、何度も繰り返し見なければなりません。

 しかし、番組のわずかな時間の紹介で、清少納言の中宮定子への真心が【枕の草子】の裏に流れていると知って涙が流れてくるとは、思いもよらず。


 『春はあけぼの…』という、中学校の古文で読んだ内容しか知識がなかったのはもったいなかったなと思いました。


 これは今からでも枕草子を読んでいって、古文に親しんでいってもいいかなと思います。


 山口県の周防の国の国衙に生まれていたとは…現在の防府市です。


 私も仕事で山口県の宇部市にいたことがありましたが…防府市という『府』の字がついているのは、大宰府・別府・隈府と数少ないからには、何か不思議な歴史が潜んでいる地に違いないと思っていました。…しかし、めったに足が向かないずっと東の方だなと思っていました。


 今回、防府市が清少納言の故郷であり、あの百人一首に清少納言の清原家からは曾祖父(深養父)と父(元輔)それに自身の少納言と三人も選ばれているとは、かなりな和歌の素養のある家だったのだと知りました。


 そう思って山口県の地図を見ると、それまで、下関市を爪先にした靴の形にしか見えてなかったのが、父・元輔と少女時代の少納言とが向き合って、歌の手ほどきを受けている図になりました。


 また中宮定子と少納言とが、十二単を着て向かい合っている形と見ることもできます。


 後にライバル視された紫式部との関係が、宮中サロンの浮き沈みから説明されてみると、なるほどとその構図が見えてきました。

 この山口県の中で防府市が、二人の間に、【枕草子】という冊子を置いた位置にあるというのも、偶然というにはあまりにもデキスギな感じがします。


 枕草子がなぜ、宮中の雅なことだけを書いていたのかという背景も、呑み込むことができました。

 中宮定子が、24歳の若さで三人目の子どもの出産の際に亡くなってしまったことは、幕末・明治の頃を書いた徳冨盧花の『竹崎順子』などを読んでも、出産で亡くなる女性があまりにも多く出ていたことも思い出しました。


 清少納言が後に放浪の旅に出て、鳴門市に流れ着いた伝説により、そこに安産の神様として祀られているそうですが、中宮定子の安産を祈って、アチラコチラと各地の寺社仏閣を参拝して回っていたエピソードを知れば、清少納言の気持ちを、後の世の人が汲み取ったのであろうと思われます。


 そこに涙腺が緩むのです。
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