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菊陽病院家族会会長  飲酒のように、ピアサポートによってタバコをやめようとする意志を強化し、互いに励ましあうための仲間との話し合う場が必要ではなかろうかと思うのです。

 現代人の心の健康は大変脅かされています。精神保健福祉を話題の中心にして、少しでも早期発見・早期治療に向かって、皆様と一緒に進んで行きたいと思います。イギリスのメリデン・プログラムが理想でみんなねっと
という全国組織に団結して運動をやっていきたいと考えています。

 手話言語法の制定を求める意見書が、西原村議会でも採択され、政府に送付されました。手話言語条例の方も制定されるように、まずは私自身が手話つきで一般質問ができる程度にはなりたいものだと思っています。

  
     
日本共産党の西原村議員・田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705

2014/12/26

くわみず病院で体重計に乗ったところ、体内年齢は36歳と表示されてビックリ。自転車の効果テキメンです。  村のあちこち村おこし

 くわみず病院に、血糖値を下げる処方を受けるために、待合室にいました。


 ふと見ると体重計がありましたので早速乗ってみました。

 世の中は数字でできているとばかり、最近年号ばかりか日付に至るまで、また人口や山の高さや、星までの距離など、ありとあらゆる数字を、この半年ほどは、小学校の頃に戻ったみたいに貪欲に、ニュースを見聞きするたび片っ端から頭に入れていこうとしてきた私です。


 自分の体重ぐらい頭に入れておかないとですね。


 66.9キログラム。ひところ73もあった私が、意外と体重が落ちていました。


 日本史で669年と言えば、663年に白村江で唐と新羅の連合軍とたたかって敗れて以来、防塁や水城や山城を築いて、外敵の侵入を防ぎ、国家の体制を急速に作り上げつつあった頃になります。

 両足を乗せるだけで、電気伝導度などにより、いろんな数値が出てくる、体重測定器みたいです。

 脂肪を測定したところ、筋肉質であって体脂肪が燃えやすい(痩せ)と判定が出ました。


 そしてなんと体内年齢が36歳だと表示されたのです。


 一瞬『嘘だろう』機械の故障じゃないのかなと、目を疑いました。でも何度まばたきして見直してみても『体内年齢は36歳』だと書いてあります。


 この数ヶ月、毎朝自転車で長距離を走っている効果が、体脂肪率の改善にテキメンに表れてきたようです。


 さて今朝は、ひとつ改善へのさらなる一歩を踏み出すことができました。ささやかなことですが…できるだけ知っている手話なら使って、街頭宣伝をするのです。


 というのは、12月議会で、手話言語法の制定を求める意見書が採択されて、国に発送されましたし、私は私で『手話言語条例』制定を求めて、一般質問をしました。


 というように手話が、テーマのひとつとなった感がありました。


 西原村では、山西小学校の入学式や卒業式、それに保育園の発表会でも手話付きの歌が披露されるのを目にします。


 これはおそらくよそではあまりやってないことなんではないかと思うのです。

 でも、手話と聞いてまだまだ多くの人が馴染みがあるとまでは言えない状況であるとするなら、なかなか条例化が実現するに至るまでの推進力不足ということになります。


 一層手話の学習熱を高めて、二段ロケット、三段ロケットに点火し、ぐんぐん上昇スピードを上げて地球の重力圏から脱出するイメージでいくことが望ましいのです。


 そこで、手話ブームに火をつける意味で、手話付きの街頭宣伝を始めたのです。と言っても手話単語が少ないので、簡単なものから…そのうち少しずつ習って手話単語は増やしていけるだろうと…まずは『おはようございます。私の名前は田島です』ぐらいから。


 やってみると、欧米人が大袈裟に手を広げてジェスチャー付きの演説をやっているみたいな気持ちになって、ちょっと気恥ずかしい感じもありながら、『戦争に導く9条改憲に反対だ!』という気持ちを込めてしゃべったら、迫力が一段と強く出てくるのが自分でもわかりました。



 また、これなら通りがかった運転手の皆さんにも、手の動きがありますので、遠くからでも
『役者でもいるのかな?』
と思わせて、アピール度は高くなるような気がします。


ー・ ・ー・・ ・ーー ー…ー


 フィリピンのルソン島・ピナツボ火山の噴火は1991年。ルソン島は何かキラキラ光る宝石の壺のように見えてきました。戦国武将・高山右近終焉の地ですから、首にかける十字架が地図のどこかの河川あたりに出てはいないかと探したくなります。


 もはや武将としての印である髷は切ってしまって、ザンバラ髪を肩に靡かせている高山右近の後ろ姿というような、不思議な形をしています。


 ソ連が崩壊した年でもあり、火山と何らかの因果関係はないのかなと考えてみました。


 地球の周りの宇宙空間にまで細かい火山灰の塵が舞い上がり、太陽の光と熱を遮ったために、各地で寒冷化と農業の不作をもたらしたのではないでしょうか?


 不作は政治変動を呼び起こします。


 インドネシアのスマトラ沖で起きて、インドやスリランカさらにはタイの沿岸地域にまでも、何万・何十万人もの犠牲者を出したインド洋大津波は、発生以来速いものではや10周年となりました。


 すなわち2004年の12月でした。2004とくれば山西小学校の電話番号です。(ニ〜シ)と覚えています。


 スマトラ沖のインド洋大津波の教訓は、小学校教育の中で、替え歌などで頭の中にしっかりと受け継いでいく必要がありますね。


 たった10年しかたってはいないのに、もう海岸べりには人家がぎっしりと建ち並ぶようになってきたとか。


 また将来が思いやられます。


 スマトラは、頻繁に地震と火山噴火と津波を繰り返してきた、世界でも稀な地ですからね。
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