今日は、starstoryさんの「キリスト者として今を生きる」ブログを紹介します。「だまされることの責任」と題して書かれた記事、ぜひお読み下さい。
ちょっとだけ転載させていただきます。
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〜〜以下は伊丹万作(伊丹十三のお父さん)が終戦一年後に書いたもの。原文全文は、佐高信・魚住昭両氏による対談集『だまされることの責任』(高文研)に収録されています。原文の著作権はもう切れているということなので、抜粋して掲載します。
だまされることの責任
---伊丹万作「戦争責任者の問題」から---
さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。〜〜
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続きはstarstoryさんのブログへどうぞ。→
「知らなかった」ではすまされないことが、確かにあると思います。知る努力をしているか、だまされていないか、だましていないか・・。記事を読んで、あらためて考えました。
それにしても・・。紹介されているのは昭和21年の記事ですが、あまりにも現代に通じるものがあるので、なんだか怖いです・・・。でも、同じことをくり返しているようでいて進化している部分もあるはずなので−−−例えば9条の会が5000を超えたとか、私のような子育て真っ最中の主婦が夜な夜な新聞とブログにかじりついて腕組みをしているとか(昭和のお母さんの夜なべ仕事とは種類が違っていることでしょう)−−−もちろん希望はあると思っています。

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