2009/6/13

対馬の入院顛末記〜皮膚さん、ごめんなさい?〜  日記

はじまりは2月20日金曜日、夜間外来が終わる夜8時すぎごろ、両手のひらが急にかゆくなったことだった。ぼりぼりかいて,ふと見たら、左手に小さな水泡が数個できていた。これまでも疲れると手のひらやお腹がかゆくなることがあったので、更年期のせいと気にしていなかった。  
ところが翌朝、目がさめてもまだかゆみが続くばかりか、少し広がっている。日曜日、郷里の八戸にクリニックのカルテ保存管理にでかけ、月曜日、大学の医局の後輩、高校の後輩たちと夕食をかこんでいても、両腕がかゆくてどうも落ち着かない。水〜木と金沢に出かけ、金沢医大の学長に女性外来のプレゼンをし、温泉に泊まって女性医療ネットワークの同行者達と話していても、かゆい発疹はひろがっていく。とうとう金曜日、診療のあいまに近くの皮膚科を受診した。「多形紅斑」との診断でステロイドをもらう。すでにセレスミンは内服していたが、ここでリンデロンを飲みだした。
土曜日の日本女医会の理事会でも、両腕と背中に発疹がひろがっているのでかゆくてしかたがない。夜、大学の同期会があり、幹事なので出かける。タイ料理とワイン。好きなワインも口をつけるのみでウーロン茶にした。二次会にメンバーを連れていったあと、とうとうかゆみに耐え切れず、挨拶して早く帰宅。
このあとが地獄のようだった。夜中にあまりのかゆさと痛さにふと腕を見ると、発疹がすべて水ぶくれになり、星が散ったように膿胞が散らばっている。「これはただごとではない」と戦慄した何にせよ、膿をもっているのだからと抗生剤も内服し、イソジンを薄めたもので消毒し、朝を待つ。
そして、予定していた講演会に出られない旨を関係者に連絡して代理を探し、江夏亜希子先生に託して東峯婦人クリニックに入院した。その前に聖路加病院の救急外来に電話し事情を話したのだが、皮膚科が当直にいないので受診できなかった。
 東峯婦人クリニックは、産婦人科専門の病院だ。しかし、ステロイド点滴はあるし、ごはんの心配をせずに寝ていることができる。2〜3日置いて、と言ってふだんお産の女性が使っている個室を使わせてもらうことにした。
しかし誤算は、ステロイド点滴も効かずにどんどん悪化していったことだった。4日後、院長の松峯先生は、「これは難病だから、大学病院に行きなさい。」とわたしの枕もとで宣言してくれた。そこで、それまでまさかと思っていたわたしも覚悟を決め、大学の医局の同期の百枝先生に電話した。要件は、「皮膚科に入院させてくれるように頼んでくれない?」である。
大学病院の皮膚科に入院した翌3月5日は、痛みと熱でふらふらのところを、裸で、オモテ、ウラ全身の写真を何回もとり、オペ室で皮膚生検を(2時間かかりました)した。その後、全身に軟膏を塗ってガーゼでくるまれ、ようやくベッドに横たわった後は、死んだように眠った。眠れたのは久々だった。
1週間後に「膿胞性乾癬」との診断が下るころには、腕や背中ばかりでなく、お腹、首、お尻、両足と、全身に病変が広がっていた。でも内服したレチノイド(ビタミンA)のおかげで、腕や背中はどんどん皮膚が剥がれ、新しい皮膚がを出していた。でもこのまま全身一巡するまでは止らないのか、と思うとゆううつだった。しかし覚悟は決めた。新しい皮膚が生えそろうまでは退院できないのだ、と悟ったのである。
結局、3月下旬に退院し、1カ月毎日紫外線照射をし、現在は免疫抑制剤を内服している。これで再発を予防しているのだが、この秋ぐらいまでは、要注意期間と言われている。仕事も生活も、様子をみながら徐々に元のペースに戻しつつあるが、完全に元のペースは危ないだろう。年齢に合わせて調整しなければ。今回わたしが学んだこと。それは、皮膚はとても大事な存在だったということである。これまで何のケアもせずにボリボリ掻いたりしていたが、皮膚がなければ何もできないということが骨身に染みた。皮膚がこわれていては、服も着れず、歩くことも文章を書くこともままならず、ただガーゼや包帯にぐるぐる巻きになってベッドにマグロのように横たわっているしかなかったからである。ほんとに「皮膚さん、これまで軽くみていてごめんなさい」である。
皮膚は体全体とこころの鏡である、ということを患者さんにもいつもお話している。それにしても、わたしの内面と皮膚は、どのようにつながってこのような病気になったのだろう。周囲の皆は、「忙しすぎたからでしょ。」と言う。そうかもしれない。何カ月も休みをとらず睡眠時間をけずって働いている人は他にもたくさんいる。わたしも、できる範囲内で無理のないスケジュールを組んでいるつもりだった。これまでの働きかたに対して皮膚が氾濫をおこしたのだとしたら、今後はよく反省していかなければと思う。
これをきっかけに、更年期と皮膚と免疫について勉強しようと思う。わたしの症状が出現したのが、月経が終わったころで、その後はぱったりと月経が来ない。本当に、閉経に合わせて、この免疫の暴走ともいえる病気が出たのである。女性医療ネットワークの理事会でも腸管免疫と皮膚、女性ホルモンと皮膚について専門家とディスカッションしてみたいという意見が出て、「女性と腸管免疫と皮膚」が11月の勉強会のテーマにあがった。転んでもただでは起きない?私たちだ。 “一皮むけた”対馬も、内面を充実させて、今後も女性医療に取り組んでいきます。これからもどうぞよろしく。
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