2006/2/19

採点競技のあや2  モテラ(Mote-La)ニュース

さあ、時計を操作しないかぎり、いんちきのしようがない。
そういう意味でモーターレースは公明正大。とてもフェアなものなのだろうか。
恣意的な採点による、スポーツ、トピックなものでいえばフィギャアスケートのようにいささか不明確に感じられる点などなく、ただよいタイムを出せば、誰よりも速くゴールに達すればそれで決まりの明快なものなのだろうか。

もちろんモータースポーツこそが、金を持てるか持てないか、そこに若干の努力の余地はあるとしても、実は人間の努力や才能など何の役にも立たない世界でもある。
機械的な少しの差はもはや人間の才能ではどうにもならない違いになるだろう。
もちろん高いレベルではそれを手に入れられるかどうかは、かなり競技の本質的な才能にも関わっているようだ。フィギャアの選考にもれた選手の悲劇のように、そこにいない人が必ずしもダメな訳ではない。栄冠を掴む選手は間違いなく素晴らしいということに過ぎないのだろう。そこらへんがレースやフィギャアなど、なんであれ競技の面白さでもあり人生なのだろう。
しかし、モテラ(もしくはもてぎレンタルフォーミュラ)というのはそういう社会常識の中で、若干常識はずれの異端ではあるが、公明正大という点ではかなりなものだと思う。
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