2006/9/3

いざという時の力  モテラ(Mote-La)ニュース

慣れ親しんだことというのは、居心地もよく、安心だが、世の中というものはやはり厳しいものだ。節目節目、多くの人に経験があることでいえば、受験などというのも、そういうものだろう。才能というもって生まれたものが、やはり物を言ってしまうが、そこに努力が介在しないほど甘くはない。(今回は久々にモテラネタです。)

学校の試験などというものも、傾向が読みやすく、対策が立てやすい日常の試験と、多くの他の学校の生徒と一発勝負になる本番の受験とでは、全然違うだろう。正直いって、産業として確立していてプロのいる世界だから、アドバイザーがついていて、充分対策できている生徒がやはり強い。自ずと、そこらへんかぎつけることが出来て、しっかりとした準備が出来る才能がある人もいる。やはり、まずは金であり、次が才能であることは、多くの分野で共通だ。もちろん、実際の競争では、その条件を生かそうとする意思が最も重大なファクターな訳だが。

サッカーのオシム氏のユニークな練習が話題になっているが、門外漢の私がどうこういうものではないが、もしかしたら、として感じるのが、弱点を補強する、テーマを浸透させるという意味だけでなく、選手個々の対応力を見極めているのではないかと感じる。私はこういう部分は勝利を追及すればするほど大切な部分だと思う。

モテラ界においても、存分に練習することが可能であるという部分だけでなく、勝負の舞台がタイムアタックという、一時F1でも採用されていた一発勝負であることも、意義深かったように思う。ルール改正で、若干、公正な一発勝負というよりも、ハプニング性を重視するようになって、今年からちょっと変わってしまった感もあるが・・・。

決まったコース、乗り慣れたマシンということであれば、かなりの学習効果が期待できる。もちろん、それだけに高度なレベルなるので、それはそれで、素晴らしいのだが、どれだけ学習をつんで、それなりのレベルになっても、この一発勝負というは簡単ではなかった。これはほぼ、全部の選手にいえていたし、我々の仲間内であきらかな才能を認められる選手でもそうだった。割合に、この部分で波のない選手はやはり経験が豊富でしっかりした技術を既に持っている選手であった。いかにここのところまで自己認識して中途半端で終わらせないかはとても、重要だ。だからこそ、トッププロが簡単にかなわない世界になったのだと思う。最近ではトッププロはきてもらえなくなってしまったようだけれど。

これまでは、そういう意味で本当においしい時期であったのだろうし、その期間を享受させてもらえたのは幸せなことだ。しかし、これで終わりかどうかは、参加者諸氏の意思によることだとも思う。
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