2011/4/11

ありがとうございました!  蝶々の随想記

ご支援頂きましたすべての皆さまに、心から感謝しております。

この度の結果は、私自身・私の生き様への逆風であって、決して民主党への逆風ではありません。

すべて自分の撒いた種です。

いつ、支援者の皆さまにご報告しようかと、ずっと、迷っていました。

「梶川」という名前もこれで無理して使う理由もなくなりました。

前回の選挙の前には、すでに破綻していた結婚ですが、名前を変える勇気が持てず、自分をすべて押し殺して割り切って「名前」を使わせて頂いていました。

当選直後、政治活動をするために、緑井に引越しました。

それは、その当時の書類上の配偶者から政治活動は、自宅外でして欲しいとの理由からでした。

離婚届にお互い合意したのは、2005年の補欠選挙が終わり、彼が東京で就職をし、新しい生活を始めたので、私は一人で広島で生活しながら、政治活動に専念していました。

当時、私の両親からの借金と塾講師の収入で暮していました。

選挙資金・政治活動費も、すべて遠く県外に住んでいる親戚などからの借入金でした。

議員になってから、毎月の報酬は全額、借入金の返済にあてました。
平成19年度は、まだ、費用弁償という議員が議会へ行く度に支払われる手当が年額、百万円少々あったので、これが私の生活費でした。 選挙に強くないと、政治活動は続けられません。

私の結婚生活が破綻した理由の中の1つが経済観念の違いからでした。
(私の独身時代の貯金など、総て政治活動費として使っていたこともありました。)

結婚生活の間、私は夫の収入も知らず、私が働いていた時期、生活費も自分で出していました。

共働きなので、自分の食べるものは自分で払うのは当然と私は考えていました。

前回の選挙後、私に相談もなく、東京での仕事を辞めて広島に夫が戻ってきたことから、生活の場を求めて私は緑井に引越せざるを得ませんでした。


そして、広島県議会での初質問、ワークライフバランスについて、持ち時間の半分以上を使ったのは、私の生き様への反省もこめてでした。

自分が仕事と家庭の両立ができないからこそ、私には大問題なのです。

初質問後、兼ねてから考えていた通り、当選前から同意していた離婚届をだしました。

この件で地域の方々から批判があったのは、当然でした。

ただ、自分から離婚を言って歩く必要も感じていませんでしたので、黙っていました。

今回の結果は、私の生き方への逆風です。

民主党で票を伸ばしている方々もいるのですから、民主党の皆さんには申し訳なく思います。

今回の私の結果は、自分の力不足、ただ、それだけです。

最後に、これまで選挙に関わって頂きました、すべての皆さまにお詫びいたします。

本当に、ありがとうございました!
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